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「本気の恋」

なぜだろう。苦しくてしかたがなかった。
暑くもない。寒くもない。ただ息が錆び付いたように、苦しかった。
その反動で、目が覚める。時計を見れば、午前3時。
怠い体と酸素が回らず、痛む頭を、無理矢理起こす。
すると、いくらか痛みは収まった。だが、まだなにか喉につっかえるような感じがあった。
窓からは星が見える。それは緩やかに世界を見下ろしていた。


『本気の恋ってなんだろうね』
君は唐突に、本を読んでる僕に向かって、そう言った。太陽が傾いてきて、教室が赤く染まる。

僕はなにも答えなかった。
恋とはなにか。
それは、好きになるってことじゃないか。
それだけだ、と。

少し不思議な空気のなか、君は話を続けた。
『愛ってね、子供を産むためにできた感情なんだって』
本から視線をはずした僕を見て、にこりと笑いながら、言う。
『子供を産むということは、血を継がせるということ。その種を根絶やしにしないこと』
話の先が見えなかった。君はなんでそんな話を始めたのだろうな。

『子を守る種は、子を守らない種よりも、子の生存率が上がる。だから、子供をつくるときに必要としてできた感情なんだとか』
初めて聞いた話に、少しだけ、納得する。
確かに、子を守る鳥類や哺乳類は生存率が高い。
逆に言うならば、魚類や両生類、爬虫類なんかは、子をたくさん産んで、生存率を上げている。
『だから、恋って一体なんだろうね。それに本気を付けたら、尚更分かんないや』
そう、自分に嘲笑しながらも、諦めたかのように、言った。


僕にはよく分からなかった。愛がもともと種の生存率を上げるためのもの。じゃあ、恋は?
確かに疑問だった。

ほとんどの動物は、恋をしない。愛があっても、恋はない。
それは、生死に関わる自然という世界で、彼らが生きているからで。
だからこそ、何度もパートナーを代えるわけで。

人間は違う。人によっては恋のするしない、愛があるないの個体差がある。
でも、それは、人が生死の危機に瀕してないからじゃないか。
人は知能を使い、爆発的に数が増えていった。
動物を支配できるくらいに。
食べる以外に動物を使うぐらいに。
種同士で、必要のない争いをするぐらいに。

だから、恋は存在する。
社会というくくりの中での、生物としての異常。
誰かを好きになるという中途半端な感情。
それらを含めて、恋というのではないか。


そう口に出そうとする。教室内は徐々に暗くなり、少し怖い雰囲気があった。
でも、出すことができなかった。口が開いても、なにも言うことができなかった。
喉が熱かった。焼けるように熱をもっていた。苦しくて、なにもできなかった。

君はなにも言わない。というよりも、君がいるのかすらわからない。
目の前にあった机や教卓がぼやける。
いつの間にか、なにも見えなくなっていた。


目が覚めた。僕は教室などではなく、自室のベッドに横になっていた。
喉がまだ微少に熱をもっていた。苦しくて目が覚めたのだろうと推測する。


君への問いは返せなかった。あの時、あの瞬間は、分からなかった。

君は今どこにいるだろう。逃げるように帰ってきてしまった。あの時へ戻ってみたいと今更思う。

『本気の恋ってなんだろう』

そう問うていた君へ、今、言いたい。
風が吹く。柔らかく、頬を撫でた。
苦しさは、いつの間にか消えていた。

9/13/2023, 8:24:57 AM