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9/4/2023, 8:04:51 AM

「些細なことでも」

なにかが欲しかった。
少し、小さいことでいいから、色が欲しかった。
何も見えない白黒の景色に、色を付けて欲しかった。
ただ、それだけだった。


人生は平坦なもの。
それを自覚したのは、自分の周りに刺激がなかったからなのだろう。
ただ、酸素を吸って、二酸化炭素を含んだ空気を吐き出して。
そうやって、ただただ、生きていた。
生きている、だけだった。

つまらなかった。
なにも、楽しくなかった。
授業に出て、勉強をして。
休み時間は何をするでもなく、ボーッとして過ごす毎日。
そんな人生を送っている者の人生が、平坦でなくてなんと言う。
恋もしたことのない、彼女もいない人間に、「人生が素晴らしいものだ」と言えるわけがなかった。

白黒の毎日だった。
全てを眺めるだけの日々。楽しさも嬉しさも、なかった。
普通を過ごしているだけ。社会というくくりの中を生きているだけ。
それだけだった。

欲しかった。楽しさも、嬉しさも。
白黒じゃなく、色が欲しかった。
昔の写真のだって、白黒に見える。
けれど、その思い出にはきちんとした色があるように。

別の色に染められるだけで良かった。
無機質な僕を誰かに染め上げて欲しかった。

欲望であり、願い。

でも、そんな願いは君に変えられてしまった。
僕は君に、染められたんだ。

ある日の休み時間。次の授業の用意をしていた僕に、君はなぜか、やって来た。

『こんにちは』
ただただ唖然とした僕に、君は昔からの友達のように話しかけてくれた。

『ここが、主人公の気持ち。情景から読み取って』
『ここは三倍して。そうすれば綺麗に円になって、大きさが求まる』
『星は等倍によって明るさが変わり、色は温度によって、変わる』
『確か、ここが石油No.1だったと思う』

最初は迷惑がってしまったけれど、本当はとても嬉しかった。楽しかった。

初めて景色に色が見えた、気がした。

『白ってね、何にも染まれないんだ』
急に君は言った。
何を言っているんだろう。そう思った。

『白に赤をたせば、ピンク、もしくは赤になる。それは、赤が白に染まっているだけ』
確かにそうなのだ。赤と白を足せば、白の面影は、どこにもない。
ただ、色の付いた赤が残る。

『でも逆に言えば、色同士、少しでも混ざれば変わってしまうと言うこと』
『赤にほんの少し、白を足しても、色は変化する。些細な色でも、そうなってしまう』
だからね。君はそう続けた。なんとなく、哀しそうな声で。顔で。

『小さなこと、些細なことでも、君には誰かに混ざってほしい。頼ってほしい。私じゃない、誰かと』
君の言うことが、正しいと感じた。ただの直感だった。


どこに行ってしまったのだろう。僕を置いて、どこへ。

何も分からない。知らない。それでいいのだろう。
君がそうしたのだから。僕の視界に、たくさんの色をつけてくれた、君がやりたかったのだから。

でも、君の想いはここに残っている。僕が生きている限り、ずっと。永遠に。

『些細なことでも、誰かに頼って』
君が僕を思って言ってくれた言葉。それをずっと胸に募らせて。

いつまでも、待っている。


風が吹く。何か聞こえた、気がした。

9/3/2023, 9:59:29 AM

「心の灯火」

目の前に崖があった。
これから飛び込むのだと思うと、嬉しくなった。
目を細める。崖下にある海に日差しが反射して、眩しい。
君に合いたかっただけだった。


死にたかった。

何も、楽しくなかった。
何も、嬉しくなかった。
全てが、嫌になった。

だから、探した。
死ぬことのできる場所を。
死ぬことのできる道具を。

楽しかった。死ぬという目標に向けて遊んでいるようだった。
心が軽くなった。

だが。
軽くなっただけだった。
心は癒えてくれなかった。
傷ついたままだった。

君が死んだ。そう聞かされたのは、二年前だ。
首をかっ切って死んだそうだ。
死体は見なかった。見れなかった。
見たくなかった。

あの日から僕は、何も、したくなくなった。
誰とも話したくない。
誰とも笑い合いたくない。
そんな感情と、君の笑顔が、心を渦巻いていた。


でも、やっとそんな日々が終わる。
これで、君と一緒になれる。

そう思いながら、海に飛び込んだ。

──はずだった。


誰かに腕を掴まれた。
驚いて、後ろを振り向く。


「君」がいた。

どうして、君がいるの?
なんで? 生きてたの?

思考が停止する。

君はそのまま、力ずくに僕の体を引き寄せる。
一瞬、体は中を舞って。君のどこにそんな力があったのだろう。なんて思いながら。

そして、二人で倒れ込んだ。

しばらくは、無が空気を包んでいた。
なにも、考えられなかった。

「良かった」
君がその言葉を発したとたん、止まっていた脳が覚醒する。
そのまま、君の顔、腕、手、体、足と緩やかに、視線が動いた。
そして、愕然した。体が固まった。

君の体は、透けていた。

生きて、いなかった。

「死んでるよ」
嘲るように、それが普通も言うように、君は言いきった。

「二年も前に、死んじゃったよ」
そのまま、透けた部分は広がるように。
侵食するように。
なにも、言えなかった。
言おうと思っても、唇が震えた。

そうだよな。君が死んだことは分かっている。でも。だけど。

君は僕の唇に、人差し指を当てる。
不思議と、そこから暖かさが伝わってくるようだった。
「じゃあね」
そういって、君は立つ。
そのまま、後ろを向いて。

風が吹いた。

一瞬だった。
瞬きする間に君は消えてしまった。

しばらく、呆然としていた。
ボーッと先の出来事を考えていた。

僕は、君に助けられた。
それは、今起きた出来事が本当だからで。

『良かった』

君は死んでしまった。それは事実であり、変わらない話で。終わった話で。

でも。

君は僕を助けてくれた。
さっきまですくんで動けなかった足を、無理矢理立たせる。

太陽に手をかざした。その手はきちんと太陽を隠して。

死ねなかった。それに、後悔の想いはなくて。
ただ、君逢えたこと、それが嘘か本当か。

もう、死のうとは思えなかった。死ぬ気にはなれなかった。

ただ、君を思って、生きていきたいと、体は叫んでいた。

君を心の灯火にして、生きたかった。

9/2/2023, 9:48:29 AM

「開けないLINE」


いつか開こうと思った君のLINE。
どうしても、開けなかった。

これは、あの日、君が送ってきたものだったから。


携帯を見ていた。
特といってすることもなく、ただ寝転がっていた。
LINEを開いて、一件通知があることを確認する。
毎日のルーティーンだ。いつから始めたのだったか。

否、それははっきりと覚えている。
あの日。
君がいなくなった次の日からだ。

「ごめんなさい。…」
そう、通知が来ていた。


君には、誰にも言わず、失踪した。
家族にも、クラスメイトにも、僕にも。
だれも何でいなくなったのか、何処へ行ったのかすらわからなかった。
警察も介入してくれたが、一向にして行方は分からなかった。
学校でも、いじめはなかった。
それは僕が一番知っている。
だからこそ、意味が分からなかった。

なにも、分からなくなった。
どうして僕に言ってくれなかったのだろう。
なぜ消えてしまったのだろう。


君から、LINEが来ている。
それを知ったのは、何も信じられなくなって、不登校気味になっていたあの日からだ。
誰か、何か言ってくれないだろうか。
確かに、君の失踪のせいでクラスLINEは荒れていた。
だけど、そんなことはどうでもよかった。
ただ、ニュースとかになっていないか、それだけが知りたかった。

そんな時、君から通知が来た。
「ごめんなさい。…」
長かったからか、そこからは読めなかった。
開きたかった。

開けなかった。

君は僕に何が言いたいのか。
もしかしたら、何か重要な事を言っているのかもしれない。
でも怖かった。
もし、何かあったら。

それだけで、開かないことを決めていた。

今は違った。
もし、僕に行方が届いていて、それを隠しているように見られたら。
僕のせいで捜査が難航しているように思われたら。
それすらも怖くなっていた。


なぜか、今日は、今は開きたいと思った。
君の送ってきたものを知りたかった。
何故だかは分からない。好奇心が膨らんだ、だけかもしれない。

ただ、押すだけだった。その操作すら、怖がっていたのに。
今日はしたくなった。

震える指で、押す。
画面が変わり、内容が開かれる。

長めの文章を、目で追い続けた。

「ごめんなさい。急にいなくなって。
家族にも、君にも言わず。
どうしても、いなくなりたかった。ただ、それだけだったのかもな。

理由ぐらいは誰かに言ってもいいかもしれない。
そうも思った。
でも、ごめん。いえないな。
ただ、ごめん。そうとしかいえない。

でも。

また君に会いたい。」


そう、綴られていた。

9/1/2023, 4:18:01 AM

「不完全な僕」

人間は、完璧な存在と言えるのだろうか。
嬉しいことには喜んで。
嫌なことには怒って。
哀しいことには泣いて。
楽しいことには笑って。
そんな存在を、完璧と言っていいのだろうか。


動物たちは、生を食んで生きている。
じゃあ、人間はどうなのだろう。

ふと、そんなことを思った。
なにもない、白い部屋で、頭が可動していた。
ごろん、と床に転がる。天井の電気が眩しい。
目を瞑る。なにかが思い浮かぶわけでもない。なにかが分かるわけでもない。
ただ、ぐるぐると、先の問いが頭をめぐっていた。

人間だって、動物を食べている。
動物を狩って、焼いて、食べる。
植物も採って、加工して、食べる。

だが、それは自然的に起こる話ではない。
「社会」という枠組みのなかで、「食べる」という行動をしているものだ。
動物の、必死に死にたくないから食べるというものとはかけ離れている。
その証拠に、人間は「食べる」こと以外にも、動物を殺し、絶滅させた。

そんな、死に追いやって生きている人間を、完璧な動物だと言えるのだろうか。

目を開ける。無機質な天井が広がっている。
重い体を起き上がらせ、ベッドの縁に座る。
こういうとき、君はどんな回答をするんだろうな。

『人間は動物。じゃあ、それは不完全だね』

急に、君の言葉が思い浮かんだ。

『動物は不完全。人間も不完全。それこそが、完璧なことなんだ。』
あのときはどういうことか分からなかった。
動物が、人間が不完全だ。そういうならば、それは不完全なんじゃないか。
『生を食べるということは、生態系を繋げていくこと。大切なこと。』
でも、人間は、不必要な贅沢に殺生をしているじゃないか。
じゃあ人間は、動物じゃない。そうだろう?
『その不完全さを埋め合うのが、動物。それが自然で、最も完璧に近いこと。』
人間は不完全だから良いんだ。そう、君は言いきった。

確かに、君の言うことは正しいのだろう。
社会でも、得意不得意を埋め合いながら、業務を行う世においても。
群れをつくり、そこでポジションを決める動物においても。

でも、僕は今でも不完全なままだ。
補填する、君がいないから。
不完全さを埋めてくれるパートナーが、いないから。

だからこそ、君の言うことは、僕のなかで否定で終わってしまっている。

埋め合える相手がいなかったら、それは完璧じゃない。
『別に完璧でなくてもいいんだ』
そんなの分かっているけれど。
だけど。
君に、僕の不完全を埋めてほしい。
それだけなんだろうな。


動物たちは、生を食んで生きている。
動物は、不完全であり、そこを埋め合って暮らしている。
それこそ、完璧で。完全で。
だからこそ、不完全なのだ。

8/31/2023, 7:22:27 AM

「香水」

棚に香水が置いてある。
手に取る。水色とピンクの淡いグラデーション。
どうしても、欲しかった、あの香り。
君のことを、思い出した。


君は、いつも、あの香りを身にまとっていた。
歩くときも、走るときも、笑うときも。
なにもないようなときにも。
だから、あの香りが鼻をかすめば、君だ、と分かるようになっていた。

いつか、君に訊いた。
『どうして、いつもその香水を付けてるの?』
君は、ちょっと困ったように、でも、嬉しそうに答えた。
『綺麗だから』
そのまま、押さえきれないように、笑いだした。楽しそうに。
何が綺麗なのか、何が面白いのか、僕には分からなかった。

それから、君がいなくなって、どのくらいの時間がたったのだろうか。
適当にショッピングモールに入った。
前のように、同行者は居ない。
ボーッとしたまま服を見て、買い物を済ませる。
本を見て、時計を見て、カフェに入って。

でも。

なにかが足りない。

『ねぇ、次はあそこに行こうよ!』
嬉しそうに店を指し、グイグイと腕を引っ張っていった君。
笑いながら、楽しそうで。

迷惑だったけど。だけど。
でも、それが「楽しかった」と思ってしまう僕がいる。

いつの間にか、香水の店の前にいた。
なかに入り、香水を手に取る。
この中に、君の好きだった香水もあるのかも、しれない。
「どうぞお試しください」
そう看板に書かれている。
手に取った香水をワンプッシュする。

使わない、知らない香りが鼻をくぐった。

他の香水を試す。
色々な香水の香りが混じり合い、変な匂いへと変わる。

どうしても、見つけたかった。


ショッピングモールを出る。
結局、見つけることはできなかった。
君は、どこであの香水を見つけていたんだろうな。

どうして、それがほしいと思ったのかは分からない。どこで売っているのか、どの香水なのかすら、知らないのに。

ため息を吐いて、家路に入る。
もうすぐ家に着く。

ドアを空ける寸前。風が吹いた。

あの香水と同じ、香りがした。

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