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「心の灯火」

目の前に崖があった。
これから飛び込むのだと思うと、嬉しくなった。
目を細める。崖下にある海に日差しが反射して、眩しい。
君に合いたかっただけだった。


死にたかった。

何も、楽しくなかった。
何も、嬉しくなかった。
全てが、嫌になった。

だから、探した。
死ぬことのできる場所を。
死ぬことのできる道具を。

楽しかった。死ぬという目標に向けて遊んでいるようだった。
心が軽くなった。

だが。
軽くなっただけだった。
心は癒えてくれなかった。
傷ついたままだった。

君が死んだ。そう聞かされたのは、二年前だ。
首をかっ切って死んだそうだ。
死体は見なかった。見れなかった。
見たくなかった。

あの日から僕は、何も、したくなくなった。
誰とも話したくない。
誰とも笑い合いたくない。
そんな感情と、君の笑顔が、心を渦巻いていた。


でも、やっとそんな日々が終わる。
これで、君と一緒になれる。

そう思いながら、海に飛び込んだ。

──はずだった。


誰かに腕を掴まれた。
驚いて、後ろを振り向く。


「君」がいた。

どうして、君がいるの?
なんで? 生きてたの?

思考が停止する。

君はそのまま、力ずくに僕の体を引き寄せる。
一瞬、体は中を舞って。君のどこにそんな力があったのだろう。なんて思いながら。

そして、二人で倒れ込んだ。

しばらくは、無が空気を包んでいた。
なにも、考えられなかった。

「良かった」
君がその言葉を発したとたん、止まっていた脳が覚醒する。
そのまま、君の顔、腕、手、体、足と緩やかに、視線が動いた。
そして、愕然した。体が固まった。

君の体は、透けていた。

生きて、いなかった。

「死んでるよ」
嘲るように、それが普通も言うように、君は言いきった。

「二年も前に、死んじゃったよ」
そのまま、透けた部分は広がるように。
侵食するように。
なにも、言えなかった。
言おうと思っても、唇が震えた。

そうだよな。君が死んだことは分かっている。でも。だけど。

君は僕の唇に、人差し指を当てる。
不思議と、そこから暖かさが伝わってくるようだった。
「じゃあね」
そういって、君は立つ。
そのまま、後ろを向いて。

風が吹いた。

一瞬だった。
瞬きする間に君は消えてしまった。

しばらく、呆然としていた。
ボーッと先の出来事を考えていた。

僕は、君に助けられた。
それは、今起きた出来事が本当だからで。

『良かった』

君は死んでしまった。それは事実であり、変わらない話で。終わった話で。

でも。

君は僕を助けてくれた。
さっきまですくんで動けなかった足を、無理矢理立たせる。

太陽に手をかざした。その手はきちんと太陽を隠して。

死ねなかった。それに、後悔の想いはなくて。
ただ、君逢えたこと、それが嘘か本当か。

もう、死のうとは思えなかった。死ぬ気にはなれなかった。

ただ、君を思って、生きていきたいと、体は叫んでいた。

君を心の灯火にして、生きたかった。

9/3/2023, 9:59:29 AM