夏の代名詞のような麦わら帽子だが、少女は雪のちらつく季節でもかぶりたがった。
姉が、どうにかなだめすかして、毛糸のぽんぽんのついたニット帽をかぶせたものだ。
春になって外で遊べるようになると、少女は毎日麦わら帽子をかぶって外に出た。
なんなら、家の中でもかぶっていた。
その日は、そんな麦わら帽子を落としたのも気づかずに遊んでいたという。
どんなにわくわくすることがことが起きたのだろうか。
家族は、楽しい夕食の想像をしながら、少女を食卓に呼んだ。
『麦わら帽子』
薄暗く広い間である。石、なのだろうか、床はひやりと冷たく、体温を奪っていく。だというのに空気は大雨の直前のように生ぬるくしめっぽい。息苦しさを感じないのが不思議だ。
何ともつかない、奇妙な石像がいくつも壁側に座する。
何かを守っているのだろうか。動き出しそうな気配すら感じる。
その壁には、植物の根がまるで浮き出た血管のように張っている。
根は水を、土を求めているのだ。それはここにはないというのに。
すべてここで終わらせる。
ここまで伸びた根がいつか土に根ざすことができるように。
『終点』
突然、ラブレターをもらった。
ほかのクラスの人だった。正直あまり話したことがない人。見た目はちょっとかっこよかった。手紙の内容も、真剣なんだなって思えた。
返事をしなきゃならない。
私には好きな人がいるって。
でもきっと、私の恋は実らないと思う。好きな人は私の友達と仲がいいけど、私は何にも意識されていない。友達の友達ポジションからどう脱却すればいいか、私にはわからない。
だから私のことを好きって言ってくれる人と付き合っちゃうのはとても簡単に思う。その人を傷つけることもない。
でも、でも、上手くいかないかもしれないけど、私は私の恋を簡単に諦めたくもない……。
『上手くいかなくたっていい』
それなりにちやほやされて育てられたと思っている。
仲間や友人にも恵まれたほうだろう。
世の中がきな臭くても、この小さなパブでは、皆何でもない風を装っている。
結婚がうまくいかなかったとは思っていない。
夫は悪い人ではなくいつも優しかった。
恋心は持っていなかったが、夫を愛していた。
帰って来ないと知ったとき、枯れたと思っていた涙が流れた。彼のために泣けるまでの心がまだ残っていたのね。
今日も、パブに立つ。
お客さんたちはわたしを待っている。
いっときすべてを忘れて、店主を持て囃すことが、彼らの心の安寧に繋がる。夜のパブにしか来ない客もいる。
わたしはあの空間が好きだ。
『蝶よ花よ』
ずっと、この店を守っていくものだって、そう決まってるものだって思ってた。
今は、お店を守りたいって思って、そうしてる。
結局、私はこの店が好きだから、この店を守りたい。
でも今の店は、昔とは少し違っている。
たくさんの色とりどりの花にあふれ、光を反射してきらめいている。
濡れ羽色の美しい羽飾りも増えた。
それが昔からそうであったかのように、私の心に馴染んでいるのが嬉しい。
『最初から決まってた』