ももく

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8/6/2024, 10:23:18 AM

 キリリとネジを巻くと、コツコツ、という妙に大きな音が時を刻み始めた。
 長針と短針が重なると、どこにそんなものを積んでいるのか、古ぼけたオルガンのような音が、ボワボワと軽快な旋律を奏でる。
 それにあわせて、からくりの小人たちがぎこちなく動き出す。
 歯車とバネがカチカチカタンというのが、小人たちの動きに妙に合っている。
 曲が終わると、ボーン、ボーンという鐘の音が、もったいぶったように、貫禄を見せつけるように、ゆっくりと時を告げる。
 
 カチリ、と長針が六十分の一を動くまでの一分間に、大名行列を見たようだった。



『鐘の音』

8/4/2024, 4:01:25 PM

 最初は、じーさんに頼まれたからってだけの理由で、あいつの手助けをしてやったんだ。
 ま、ちょっとした報酬に釣られたってのもあるけどさ。
 けど、結局最後までは面倒みきれなくって、あとはあいつがうまくやることを祈るだけになっちまった。

 正直、分の悪い賭けだと思ったね。

 でもあいつはやり遂げた。

 ちょっとは根性あるんじゃん。

 それから、あからさまにつまんない仕事が押し付けられてきて、あいつ本人は不器用ながらもへこたれずになんとか頑張ってる。

 オレは、オレ自身は最近ちょっとへこたれてたかもしれないなって。あいつを見て思ってさ。ちょっとだけだけど。
 仕方ない、明日も仕事すっかーって、ほんの少しだけ、さっぱりして寝ることにするわ。



『つまらないことでも』

8/3/2024, 8:36:29 PM

 もしも、あの子が天使なら、目が覚めるまでに空に帰っていてほしい。
 そしたら、今夜のことは全部夢だったって思うことにするから。

 目が覚めても、まだあの子がそこにいるなら。

 きっと、すごくわくわくすることが始まったんだって、期待してしまう。
 このすすかぶりの毎日を、キラキラに変える何かが。



『目が覚めるまでに』

8/2/2024, 10:52:50 AM

 ベッドの傍らに、小さいながら袖机がある。
 一番上の引き出しには、文箱やら雑記帳やら、身の回りのものが入れてあるが、二段目は手紙の束で溢れそうになっている。

 丁寧に折りたたまれて封筒に入っているものもあれば、破きとったらくがき帳をなんとか四つ折りにしたものもある。ほかにも、松ぼっくり、シロツメクサの葉の押し花、ひまわりの種、小さくなった鉛筆なんてのもあった。

 今日届いたのは、丁寧に折りたたまれてる部類の手紙だ。
 ちょっと不思議な近況が、きれいな文字でつづられていた。

 「あのね、今日ねー……」
 
 楽しそうに話す声が今にも聞こえてくるようだ。

 一番上の引き出しから、便箋とペンを取り出し、こちらも話しかけるように書き出す。
 食事に何が出たとか、相部屋のだれだれがどうしたとか、それも特段なければ、思い出話くらいしか書くことはないけれど。

 ずいぶんと薄くなった便箋の冊子に気づいたが、追加の購入を頼むのを躊躇っている。
 「今日ねー……」の続きは、直接聞きたい。



『病室』

8/1/2024, 10:21:42 AM

 旅立ちは、ぜったいに晴れの日がいい!
 
 満天の星、降り注ぐ満月の光で影がくっきりと見えるような、そんな夜がいいに決まってる。
 昼間の汗ばむ陽気が落ち着き、涼しさと熱気の両方をはらんでいる夜風が、立ち並ぶ木々の枝をなでるように揺らし、湖の水面をふわりと駆ける。短い夜を惜しむように虫たちが声を上げ、それを彩る蛍が、右に左に揺れながら、未知への扉へといざなう。そんな夜なら最高だ。

 明日が本当に晴れるかなんて、明日にならなきゃわからない。
 だから、明日旅立つかは、明日に決める。

 旅立ちを決めたら、別れの寂しさなど噛み締める間もないまま、地を蹴って飛び立つのだ。 



『明日、もし晴れたら』

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