キリリとネジを巻くと、コツコツ、という妙に大きな音が時を刻み始めた。
長針と短針が重なると、どこにそんなものを積んでいるのか、古ぼけたオルガンのような音が、ボワボワと軽快な旋律を奏でる。
それにあわせて、からくりの小人たちがぎこちなく動き出す。
歯車とバネがカチカチカタンというのが、小人たちの動きに妙に合っている。
曲が終わると、ボーン、ボーンという鐘の音が、もったいぶったように、貫禄を見せつけるように、ゆっくりと時を告げる。
カチリ、と長針が六十分の一を動くまでの一分間に、大名行列を見たようだった。
『鐘の音』
最初は、じーさんに頼まれたからってだけの理由で、あいつの手助けをしてやったんだ。
ま、ちょっとした報酬に釣られたってのもあるけどさ。
けど、結局最後までは面倒みきれなくって、あとはあいつがうまくやることを祈るだけになっちまった。
正直、分の悪い賭けだと思ったね。
でもあいつはやり遂げた。
ちょっとは根性あるんじゃん。
それから、あからさまにつまんない仕事が押し付けられてきて、あいつ本人は不器用ながらもへこたれずになんとか頑張ってる。
オレは、オレ自身は最近ちょっとへこたれてたかもしれないなって。あいつを見て思ってさ。ちょっとだけだけど。
仕方ない、明日も仕事すっかーって、ほんの少しだけ、さっぱりして寝ることにするわ。
『つまらないことでも』
もしも、あの子が天使なら、目が覚めるまでに空に帰っていてほしい。
そしたら、今夜のことは全部夢だったって思うことにするから。
目が覚めても、まだあの子がそこにいるなら。
きっと、すごくわくわくすることが始まったんだって、期待してしまう。
このすすかぶりの毎日を、キラキラに変える何かが。
『目が覚めるまでに』
ベッドの傍らに、小さいながら袖机がある。
一番上の引き出しには、文箱やら雑記帳やら、身の回りのものが入れてあるが、二段目は手紙の束で溢れそうになっている。
丁寧に折りたたまれて封筒に入っているものもあれば、破きとったらくがき帳をなんとか四つ折りにしたものもある。ほかにも、松ぼっくり、シロツメクサの葉の押し花、ひまわりの種、小さくなった鉛筆なんてのもあった。
今日届いたのは、丁寧に折りたたまれてる部類の手紙だ。
ちょっと不思議な近況が、きれいな文字でつづられていた。
「あのね、今日ねー……」
楽しそうに話す声が今にも聞こえてくるようだ。
一番上の引き出しから、便箋とペンを取り出し、こちらも話しかけるように書き出す。
食事に何が出たとか、相部屋のだれだれがどうしたとか、それも特段なければ、思い出話くらいしか書くことはないけれど。
ずいぶんと薄くなった便箋の冊子に気づいたが、追加の購入を頼むのを躊躇っている。
「今日ねー……」の続きは、直接聞きたい。
『病室』
旅立ちは、ぜったいに晴れの日がいい!
満天の星、降り注ぐ満月の光で影がくっきりと見えるような、そんな夜がいいに決まってる。
昼間の汗ばむ陽気が落ち着き、涼しさと熱気の両方をはらんでいる夜風が、立ち並ぶ木々の枝をなでるように揺らし、湖の水面をふわりと駆ける。短い夜を惜しむように虫たちが声を上げ、それを彩る蛍が、右に左に揺れながら、未知への扉へといざなう。そんな夜なら最高だ。
明日が本当に晴れるかなんて、明日にならなきゃわからない。
だから、明日旅立つかは、明日に決める。
旅立ちを決めたら、別れの寂しさなど噛み締める間もないまま、地を蹴って飛び立つのだ。
『明日、もし晴れたら』