【私だけ】2023/07/19
まぶしい。
ただただ、みんなが眩しい。
みんな、疲れを感じさせないほどに輝いている。
疲れたり、イライラしたりしている表情でさえも、ただ
ひたすらにかっこいい。
その輝きは、どれだけ厳しく、真っ暗に見える未来も
全部蹴散らしてしまう。
───── 本当に、あの輪の中に私もいたんだなあ。
今となっては、あれは全部夢だったんじゃないかって、
私が見た、幻に過ぎなかったんじゃないかって思ってし
まう。
みんなが羨ましい。
私もまたあの中に入りたい。
───── でも、私は逃げた。
みんなは頑張っていたし、私も頑張んなきゃいけないと
ころだった。
なのに、私は勝手な理由をつけてあそこから逃げた。
私だけ。私、1人だけ。
【終わりにしよう】 2023/07/15
心臓の音がうるさい。
私の耳には、降りしきる雨音も、彼の言葉も、何も届いていなかった。
ただ、自分の心臓の音を除いて。
鼓動が波打っているのが、いやでもわかる。
その音が、私の脳内をさらにパニック状態に陥らせていく。
なんで?
どうして?
私は、ただあなたのことを思って、ずっとそばにいたのに。何が気に食わなかったって言うの?
私の方こそ、彼に何かもらったことなんて一度もない。
「愛してる。」の言葉でさえも、もらったことがない。
其れでも尊敬は私は彼のために、ずっと尽くしてきたのに。
なんでこんなことになっちゃったの?
なんで?
-嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
-死にたくない。
「死にたくない、よね。」
唐突に我に帰ると、彼はいつのまにか、さっきまで虚空を見ていた目を、今度はまっすぐ私にむけていた。
「わかってるよ。君が思っていることは全部。」
そのまま、彼は私に近づいてくる。逃げようと思っているのに、体が動かない。
彼はそのまま腕を回し、私のことを力強く抱きしめる。
まるで、もうどこにも私を逃がすまいとしているかのように。
「終わりにしよう。全部、全部。」
私の耳元で彼は囁いた。
さっき、わたしにいったのと同じように。
その瞬間、ずっと前から握られていた光を反射する何かが私の背中を突き刺した。
「愛してるよ。」
それが、私が彼から始めてもらった、唯一の贈り物だった。
【優越感、劣等感】 2023/07/13
自分の脳って、都合のいいようにできてるんだなあって、時々思うことがある。
何かで自分が良い功績を残して、誰かにほめてもらう。
それがたとえ、ただ偶然私が頼まれた事だったとしても、勝手に優越感に浸る。
でも、そんな優越感に浸ったのも束の間、何か失敗したら劣等感に浸る。
そんなことがあっても、次の日には忘れてる。
-そんで、結局勝つのは優越感。
【これまでずっと】2023/07/12
これまでずっと、我慢してきた。
ずっと上から目線で、都合のいい時ぐらいしか話しかけてこない。
本当だったらぶつかるくらいがちょうどいいくらいなんだろうけど、あっちの方が力は強いし、怒ったら何しでかすかわからない。
だからいつも、あいつの機嫌を見計らいながら、ちゃんと空気読んでやった。
怒っているき、うるさくしないように絶好調だったピアノの練習をやめたり。
あいつが見たいテレビがある時は、何か言われる前に好きなアニメを中断したり。
2人だけになりそうな時は、自分から部屋に戻ったり。
-でも、そんな生活も、今日で終わり。
今日、あいつは家を出る。
母も父も、どこか悲しそうにしながら、これから上京する息子の背中を見守る。
はあ。これでようやく解放される。清々した。
-でも、なんだろう。この虚しさは。
私の胸の中に、小さな穴が空いたような感じがした。
今更言えるわけがない。
勉強とか生真面目に頑張ったりせず、ただ好きなことを楽しんでいるあいつが、羨ましかっただなんて。
ただ、そのまっすぐな瞳が、ただひたすらにかっこよかっただなんて。
わかってる。あいつが私のこと、大っ嫌いだってこと。
でも尊敬はしてた。それだけ伝わればよかったのに。
でも、今更言えるわけがない。
私はあいつが嫌いだ。
嫌いじゃなきゃ、ダメなんだ。
私は1人、笑顔でまっすぐに未来を見据えて進んでいく、兄の背中を最後まで目で追い続けた。
【1件のLINE】2023/07/12
最近、新しくスマホを買い替えた。
機種はよくわからない。けど、明らかに
私が持つには勿体無いぐらいいいスマホ。別に私は連絡ぐらいしかしないし、こんなにたくさんの機能は要らないんだけどな。
-でも、あんなこと言われちゃったら、買うしかないよねえ。
「ねえお母さん、そろそろガラケー卒業したら?」
唐突に、少しスマホに依存している娘からそんな提案をされた。今ですらスマホの画面と睨めっこをしている。
-提案じゃなくて、要求かな。
「なんで?」
理由はなんとなく想像がつくが、一応聞いてみる。
「なんでじゃないよ。今の人はもう大体スマホだよ?なのにお母さんはまだガラケー使ってるし。学校からの連絡だってメールできたりするんだから、連絡来ないとこっちが大変なんだけど。」
やっぱりそう言う話よね。
最近になってメールでの連絡が多くなったり、同年代の知り合いもスマホを使い始めた。ここらで使っていないのも私ぐらいだ。
でも、だからと言って紙での連絡が来ないわけでもないし、今までだってなんの問題もない。今も特に方針が変わる動きも見えない。
娘がいきなりそんなことを言い出すとは思えなかった。
「本当にそれだけ?」
横目で娘の様子を伺う。女手ひとつで育てたからか、重度の反抗期である娘は、拗ねたようにこちらから目を逸らした。やっぱり何かあるのだろう。
「…だって、友達に笑われたんだもん。」
なるほど。そう言うことだったのね。
確かに、ある程度スマホが出回ったこの時代、ガラケーを持っている母親なんて、彼女らからしたらあり得ない話なのだろう。そこまで気にすることなのかとも思うが、彼女はよほど嫌だったらしい。
「はあ…仕方ないわねえ。」
そう言って私は、40を過ぎた今、スマホデビューを決意したのである。
今日は帰りが遅いわねえ。
雨が降る様子を窓越しに眺めながら、1人ため息をつく。
もう少しで本降りになるから、早く帰ってきて欲しいのだが、どうしたものか。私は心配しながら台所へ向かう。その時、何やら無骨い四角い物体が目に飛び込んできた。
そうだ、スマホで連絡すればいいじゃないか。
私はスマホ画面を開いて、緑色のアイコンを押す。娘曰く、スマホを持つ人々は、大体このLINEとやらで連絡をとっているんだそうだ。
わたしはなれないうごきで日本語のキーボードをゆっくり押していく。
「今、どこにいるの?」
30秒くらいかかって、初めての娘へのLINEを送った。少し鼓動が大きくなっているのがわかる。
私はって続けにもう一件LINEを送ってみた。
「雨、結構降りそうだから、早く帰ってきなさい」
-なんの連絡もない。
どうしたのかしら、部活で何かあったとか?
私は何度もスマホへ一瞥をくれる。その時、スマホの振動音が聞こえてきた。
いつのまにか私は携帯を握りしめて画面を開いていた。
-あれ?LINEってどこだっけ?
まだなれてないせいで、返信を見れないのがまどろっこしい。
ようやくLINEを開いて、娘の、最近人気らしいアイドルグループの画像のアイコンをタップする。
画面には、たった一文。
「どもだちとご飯食べてくから、帰り遅くなる。」
たった一文。
たった一件のLINE。
はめあたしはため息をついて、スマホ画面を閉じ、無造作にソファーの上に放り投げる。台所にある写真立てを見つめて。
そこには、まだ若かりし頃の新米ママの私と、その私に抱きついている満面の笑みの小さく可愛い娘がいた。