半袖
『そりゃ綾瀬はるかが着れば何でも似合うだろうよ』
某CMを見るたびに思う。
タンクトップで外に出かけて様になるのは人を選ぶ。
誰も彼もが海外勢のように堂々とタンクトップでは歩けまい。
綾瀬はるかが可愛いとかかっこいいとかそう言うのは置いといて、あれは選ばれし者が着るから外出着として成立する。私が着たら下着で歩き回る痴女にしか見えまいよ。
手元にあるカップ付きタンクトップを風呂上がりに着て鏡の前に立てばどうあがいても綾瀬はるかにはならない代物が出来上がった。
自虐ではない。事実でしかない。
乾いた笑いになってしまったが、問題はそこにはない。
この殺人級の酷暑では間違いなくタンクトップが大正解だろう。とてもじゃないが外を歩く気候ではない。
回らない頭をフル回転させて出した結論はメッシュ生地の半袖を上から羽織る事だった。
これならば綾瀬はるかにならない一般人でもタンクトップでかつ半袖を着るように偽装も出来る。なかなかの逸品ではなかろうか。
鏡の前でタンクトップを合わせるように目の前で広げる様はまるで通販の司会のようだった。
とりあえずこれを着て外出する。最大限の酷暑を乗り切る為の一つの妙案だった。
白のタンクトップの上から水色のメッシュ地は非常に爽やかに映る。完璧では…?鏡の前にはドヤ顔でガッツポーズを取る自分の姿があった。
それから数日後のこと。
鏡の前では白のタンクトップをきた自分の姿が鏡に映る。数日前と違うのはこんがりと小麦色に焼けた肌に編み目模様が付いている姿だった。
『思ってたんとちゃう…』
情けない顔で呟く姿があったとか、なかったとか。
TRUE LOVE
『真実の愛って何なのかしら』
誰もを魅力する大きな美しい緑の瞳が悩ましげに伏せられた。憂いを帯びた表情はなんとも魅惑的で思わずこちらは見惚れてしまう。
そんな表情も素敵だよレディ、なんていつもの軽口さえ出すことが戸惑われた。真剣に思い悩む彼女を馬鹿にしていると思われてしまっては困る。
こちらの返事が無いことに思うところがあったのだろうか。ハッとしたように顔を上げた瞳が困惑と動揺に揺れている。思わず声に出ていたであろう言葉を呑み込むように謝る姿に思わず大きく手を振った。そんな顔をさせたかったわけではないんだレディ。
ただ真実の愛、と言われると何が真実となるのか私にもまたわからないからね。
苦笑しながら返す言葉に思いの外驚いた様子で
ツッコミ待ち時間切れ
今を生きる
つまんない毎日が繰り返される。
楽しい事なんか何もない。
刺激的なことが欲しい。
停滞した今日と明日と明後日をぶち壊すような
何か『特別』が欲しい。
そう思えることが
『幸せ』だって気づいてるんだろうか。
今日も明日も明後日も毎日毎日は同じじゃない。
与えられる事に慣れすぎて
護られる事が当然になりすぎていないだろうか。
平穏無事が退屈に感じる時、人は劇的な変化を求める。
いい風に変わるには蓄積が必要で
破壊がもたらすものが破滅にしかならないことに気がつけない人ほど、明るい明日を無意識に信じている。
守られすぎたら与える事を忘れてしまう。
だって積み上げたものを分け与えるのは大変だから。
幸せの形は自分で作らないと見えなくなって、
そのうち与えられるものを選り好みできると傲慢になる。
つまらない日常の責任を他人に求めて、
思い通りにならないことを不幸だと酔って
その責任を誰かに押し付けたくなる。
誰かって?知ってる?
『社会』なら罪悪感を持たなくていいから楽だよね。
忘れないで。
『自分の社会』は『自分』しか作れない。
大きな時代の海原のせいにする卑怯な人は『敵』が欲しくなる事を。
生きる事は楽ではないから楽しい。
苦しいから楽しいが見える。
停滞を誰かのせいにするのは楽で、
楽を選ぶのは自分でしかない事を。
『今』が何かを選ぶのは貴方で私。
生きるという事を諦めないで。
泣いて傷ついてそして立ち直って
演じてみせるの、自分の人生という舞台を。
きっとこれからの日本は大変になる。
今の日本がウクライナの戦前に似ている事に
気がついている人が多くない。
もう止められないかも知れない。
止めたいと願っているけれど。
だからちゃんと見てほしい。
自分の人生の中の幸せの時間。
壊してしまったものが平和で、停滞こそが幸せだったと振り返るのはとても愚かで哀しい。
奪う事では満たされない。
拒絶する事では逃げられない。
今を生きて。
自分を見て。
私たちは割と結構幸せな時間を大切に出来ていないと思う。
Special day
『なんでもない日おめでとう!』
軽快な足音が近づいて来たと思ったら背中越しから顔を覗き込む顔が一つ。
ニッカリと言わんばかりの晴れやか口元は三日月を作る。こちらのビックリした顔に満足したのかポン、と叩かれる肩と手持ち無沙汰な手のひらに乗せられた小さな可愛い飴玉はこちらにもニッカリとした笑顔を連れてきた。
『なぁに?不思議の国のアリス?』
まんまる顔のハンプティダンプティは微笑みかけるとわかった?と嬉しそうに答えた。
『そうそう!なんでもない日バンザイ!幸せやってくるおまじないね!』
それ、美味しかったからお裾分け!
差し出された手のひらいっぱいに抱えられた飴玉は色とりどりに輝いてまるで魔法がかかった宝石の様に見えた。
『TAKE CARE!』
たくさんあった宝石たちを片手分だけこちらの手のひらに乗せ替え終わるとニコニコ笑いながら片手を振って勢いよく去っていく。
こちらを振り返りながら走り去る姿にありがとうと返すことも忘れてその危なっかしくも慌ただしく去っていった姿が見えなくなるまで見送った。
『なんでもない日かぁ…』
手のひらに残されたピンク色の飴玉を一つ口に運ぶと桃の甘さが口いっぱいに広がった。
特別な日でもなんでもない今日が、飴玉がもたらした幸せで特別になる。どんより灰色な日がちょっとだけ色づいた気がした。きっと今日はいい日になるかもね、なんて。なんでもない日のなんでもない幸せに心が少し軽くなる。
『なんでもない日バンザイ』
口をもぐもぐと動かしながら口ずさむ。
先ほどと打って変わって足取り軽い自分に苦笑しながら飴玉をポケットにしまって仕事に向かった。
心だけ、逃避行
ここじゃない場所に帰りたい。
ずっと思っていた。
笑顔を浮かべて、どこか冷めた気持ちで周りを見渡す自分に諦めを感じていた。
不幸ではなかった。でも幸せでもなかった。
漫然と見つけられない居場所が何処かにあるはずだと信じていた。あるいは信じたかったのかもしれない。
ここじゃない場所に行きたい。
何処に?
そんな都合のいい場所なんてあるわけなくて
愛してくれる場所を探しながら
愛する方法を知らないだけだった。
帰る場所を探していて
帰る場所があることを見ようともしなかった。
見つけて欲しいんだ。
ここにいる事。
声も出さずに都合のいい事を。
蹲って黙ってたら、誰だって見つけられないのにね。
思い出せないメロディを探して彷徨う日々を
何処か憐れむ事に酔っている。
『ここにいるよ』
ちゃんと教えて。
ここに居たいと思える場所って
見つけようと思わないと見えないんだ。
一マイルの少し先に歩き出す。
帰る場所を探しながら。
自分勝手に逃避行。
見たくなくて認めたくなくて怖くて振り向けない。
振り向かない事を選べもしない。
ちゃんと教えて。
ここに居たいって。
帰る場所はここにある。