空が泣いていた。
もちろん、涙を流してるわけではない。それでも、ボクにはそうしか見えなかった。だって、この世界に雨が降ることなんてないから。
ポタポタと落ちてくる水滴を一粒、指に乗せて舐めてみれば塩味を感じられて、本当に涙なのかと錯覚しそうになる。
…………なんなんだろうか、これは。
雨、ではない。きっと、降らない。
上の人が雨を降らせられるような技術をそもそも持っていないから。
そこまで考えた時、ふと思った。
彼のグランドピアノは無事なんだろうか。
どういう原理で動いてるかとか、ボクには全く分からないけれど、なんとなくあれは水に濡れてはいけないようなきがしてくる。
いてもたってもいられなくて、走り出そうとした時、ガシッと後ろから体を拘束された。
「見つけた」
背中がゾクッとするような声のトーンが耳に届いた。いつもより数倍明るい声音だ。
「……演奏者? ピアノは濡れても」
「僕が降らしてるからね、ピアノにはかかってないよ」
彼は平然と言った。でも、彼が言ったことが本当に事実なら、上の人が演奏者くんのことを捕まえたり、監視しようとするのは当然のことかもしれない。だって簡単に天気を変えられているから。
「……じゃあ、なんで」
「きみは『雨』を見たことがないかと思ったんだ」
「それだけ…………?」
「ああ」
軽く言われて、でもボクには理解が追いつかなくて、やっぱり彼とボクというのはどう考えても対等ではなさそうだ、とため息をついた。
(現パロ)
ピコンと通知音が鳴って、メッセージが届いた。
『そうだね、デートしようか』なんて書かれている。
数刻前に彼を困らせたい気持ちで付き合ってもいないのに『明日一緒に放課後デートしない?』なんて送ってみた返事だった。
ユートピアで演奏者だった彼も、権力者だったボクも記憶を保有したまま転生したから、なんだかんだ転生前の時のように関わっているわけなんだけど。
やっぱり付き合いが長いと、前のようなウブな反応は得られなくなってくる。
そんなサラッと返されてはボクの思惑通りにもならないし、そもそもボクの恋心を思わせぶるようなことにもならない。
……ボクは演奏者くんが演奏者くんだった頃からずっとすきで、でもこんなに長く関わっているうちに、ボクの好意で関係性が壊れるのが本当に怖くなってしまった。
『……付き合ってないのにデートするわけないでーす! 残念でした』
そんなことを打ち込んで携帯を布団に投げる。
『じゃあ、しちゃう?』とか送ったら、本当に行くことになりそうだからってだけで、そんな文言を送る。
……もう少し勇気が欲しいかもな、なんて思った。
夜じゃなくても物思いにふけるときはあるらしく、家でぼーっとしながらふと天界で見た人間界で流行っているらしい本を読んだことを思い出した。
その話は恋愛小説で、幾多のトラブルを超えた二人が『この命が燃え尽きるまで君を愛すよ』と言って終わっていた。
……僕はどうなんだろうか。
今までは天使だから死ななかった。
でもこれからはどうなんだろうか。
もう天使じゃない。ということは死ぬのかもしれない。命が燃え尽きることがあるかもしれない。
…………権力者はどうだろうか。
この世界を統治してるってことは、もしかしたら悪魔とかそういうもので死なないかもしれない。
そうなったら僕はこの命を彼女に捧げることになるのか。
……それがすこしだけいい感じに聞こえるのは疲れてるからだと思うことにした。
「好きだよ、権力者のこと」
ユートピアは毎日が同じ日常の繰り返し。いや、そもそも日常という概念がないこの世界では当てはまる表現は見つからない。それでも目が覚めてから寝るまで、大体の人間は、同じルーティーンを繰り返している。
だから『今日』も『昨日』と同じ日常が繰り返されると勝手に考えていたのだ。だってこれまでそうだったからこれからもそうだろうと、そんな浅はかな予想を立てていた。
それなのに、今ボクの目の前にいる彼はボクが今まで予想してなかったような言葉を吐いてきた。
冗談だろうと思った。だって本気で好きなわけがない。彼とボクは敵対しているし、そもそも身分が違いすぎる。恋心をボクに向けられるなんて都合のいい夢くらいでしか起こりえない。だからなるべく落ち着いたような様子でボクは答えた。
「いつもキザのセリフばかり吐いているけれど、とうとうそんなことまで言うようになっちゃったんだね、君は」
僕がそう言えば冗談だよと誤魔化してくれると思った。いや、誤魔化すんじゃない、そもそも事実ではないなのだから。
でも、彼は真剣そうな顔でボクの肩を掴んで答えた。
「冗談じゃないんだよ、権力者。本気で僕はきみのことが好きだと言っている」
「ありえないよ、そもそも立場が違うじゃん」
「そういう逆境の方が燃えると思わないかい?」
「…………身分だって違うし」
ひねり出すように、そういえば、彼は肩をすくめて言った。
「きみは僕の恋心は諦めさせたいのかもしれないけれどね、諦めるつもりはないよ。だってこれは本気の恋だ。たとえきみに拒絶されようと無理矢理にでも僕のものに落とす自信があるよ」
光のない瞳でそう言われた時、背筋がゾクッとした。この人は冗談で言ってるんじゃない、本気で言ってるんだってそう思った。
でもそう確信したのは、恋心の話じゃない。たとえ僕が拒絶したとしても、本気で彼のことが嫌いだったとしてもいつの間にか彼の手中に収められているんだそう感じてしまったのだ。
薄々敵わないような気がするとは思っていたけれど、思ったより彼はボクの何倍も強い気がした。ううん、身をもって分からせられたような気がしたんだ。
(現パロ、付き合ってる)
デートでもしようか、なんて言われたのはこの間だった。
その日のうちにカレンダーの予定の日に丸をつけて、なんならカウントダウンをするようにバツをつけてしまって、完全に浮かれてるなと気づいたのは今日だった。明日がデートなのだけど。
浮かれてるのがバレバレになったけれど、困ったことに、これが初めてな訳ではなく。
今年のカレンダーをペラペラとめくれば、特定の日に丸がついてたり、バツをつけてあったりしてるという様子が散見される。
…………思った数十倍、浮かれてるな、とついため息がついた。