シオン

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8/12/2024, 2:43:06 PM

「君の奏でる音楽が好きだよ」
 いつもの演奏会の後、彼女がそう言った。
「……ありがとう」
 いつも言われてるその言葉。それでも慣れないのは、いつも冗談の方が言うことが多い彼女が、本心から思っているんだと手に取るようにわかる態度で言葉を紡ぐから。
「…………曲が好きなのかい」
「……ううん。君の奏でる音楽が好き」
 でも、いつも『奏でる音楽が好き』としか言ってくれなくて、なんとなく腑に落ちない。
「…………曲は好きかい」
「好きだよ。君が演奏する曲はどれも素敵だから」
「…………弾いている姿を見るのは好きかい」
「好きだよ。ボクが押しても綺麗な音色にならないけれど、君が弾くと絶対綺麗な音色になるから魔法みたいで好き」
「………………ピアノは好きかい」
「好きだよ。見た目はちょっとだけ怖いけど、とっても繊細な音を奏でるから」
「………………そのどれかが一番好きなのかい?」
「ううん、君の奏でる音楽が一番好きだよ」
 分からない。何が好きなのか、僕には。
 そう思った時、彼女は微笑んで言った。
「別に曲じゃなくてもいい。綺麗な音色を繊細な手つきで楽しそうに弾いてる姿を見てるのが好きで、紡ぎ出される音楽が好きなだけだから」
 …………なんとなく、照れくさくなった。

8/11/2024, 4:19:59 PM

 権力者が麦わら帽子を被っているのを発見した。
「やぁ、権力者。どうしたんだい、その帽子は」
 そう声をかけると笑顔で答えた。
「えへへ、可愛いでしょ。貰ったんだ」
「……? 誰にだい」
 僕と彼女以外にこの世界にいるのは住人だけだが、住人にそもそも意思はない。迷い子でも来てたのだろうか。
「それはもちろん…………あ」
 嬉しそうに口を開いた彼女は途中で動きを止めた。ハッとした顔でこちらを見つめる。
「…………えっと」
 気まずそうな顔をしながら必死に目を泳がせていて、明らかに口を滑らしてしまったらしいことがバレバレだった。
「…………まぁ、いいよ。素敵な帽子であることに変わりはない」
 僕はそう言って微笑んだ。
「……あはは」
 気まずそうに彼女は笑った。
 僕には言ってはいけないことがあることは知っているけど、無闇に言及させるつもりはない。本当に確信を持ってからそれについて聞くつもりだから。
 だから僕は何も聞かなかったことにした。

8/10/2024, 3:54:25 PM

 死んでしまったらどこに行くのだろうと、そんなことを考えたことがある。でもユートピアにいる今となってはもう死んだなんていう事項は残念ながら訪れないのかもしれない。
 そんなことを思っていたある日、演奏者くんが元天使様であるということを知った。
「……………………マジで?」
「ああ、そうだ」
 とくに驚くべきことでもない、なんて言うふうに彼は言った。
「……死んだ人もそこにいるの?」
「…………いや、そんなことは」
「…………え?」
「死んだ人はまた別のところに行く。別に僕らが住んでいた場所が人間としての終点ってわけじゃない」
 彼はそう言って笑った。
「でも、きみは例え人間だったとしても僕の住んでいた場所まで連れていくよ。そうしたいと、思ってるから」

8/9/2024, 2:54:17 PM

 初心に立ち直ってみれば、彼とボクとの出会いは演奏者としての彼と権力者としてのボクのいわば対立構造だった訳だ。
 なのに気がついてみたら、もう既に仲のいい関係になっていることは言わずもがなである。
 毎日毎日、彼が弾くピアノの演奏を聞いて、仲良く会話をして、まるでそれは友達のようで、とてもじゃないけれど対立しているといえないようなものである。
 でもそれでいいんじゃないかと、今は思えてしまうほどにボクは彼のことを好きだったのだ。
 変な意味じゃない、恋愛感情でも何でもない。 ただ彼のことをまるで友達のように感じていただけだ。権力者として、それはとても正しくないことだけれども、それでもボクは今はこれでいいと思っている。
 本当は対立しなくてはいけないかもしれないけれど、ボクは彼のことが好きで、友達だと思っていて、今はそれでいいんじゃないかと。
 権力者集団に命令されたこととは、今の結果と真逆かもしれないけれど、それでも、うまくいかなくてもいいんじゃないかと今はそう思っている。

8/7/2024, 2:52:25 PM

 目が覚めたら知らない天井だった。手と足が台に拘束されているらしく、動かなかった。
 何者かに捕まってしまったのかな、なんて思考が回り辺りを見回した時、静かに扉が開いた。
「………………生きてる?」
 小声で囁いてきたのは権力者だった。来た方向に視線を向けて確認してるからゆっくり扉を閉めてこちらへやってくる。
「……権力者」
「生きてるね。よかった」
 彼女は安心したように声をあげると、背負っていた鞄から何かを取り出した。
「これじゃない、これでもない……。………………あ、あった」
 何か細長い物を取り出すと、足の方を何か操作した。すると『カチッ』と小さい音が鳴り、足が自由に動くようになる。彼女はそれを確認してから手の拘束も外してくれた。
「ありがとう、権力者」
「どういたしまして」
「それにしても、なんなんだい。この拘束は。誰が一体どんな目的で…………」
「『権力者集団』が『この世界の理を乱した演奏者くん』を『捕まえて監視下に置くため』だよ」
 淡々と彼女はそう言った。
「…………権力者集団?」
「うん。本当はボクだけが権力者な訳じゃないの。騙しててごめんね」
「いや、いいさ。それより、きみの仲間を裏切るような真似をしていいのかい?」
「………………ボクは演奏者くんがいなきゃ、どっちにしろ死ぬから、せめて君を助けたかったの」
「………………は?」
 死ぬ? この世界にもそんな概念があるのか? 迷い子たちが住人にされた後も、飲み食いなどはしなくていいらしいと聞いていた。だからそもそも死という概念すらないのかと、そう思っていた。
「……死んではいけない」
 心の底からそんな言葉が飛び出た。まだまだ、権力者と一緒にいたいなんて無邪気な気持ちが浮かんでくる。でも、彼女は寂しそうに微笑んだ。
「ごめんね。どっちにしろ、最初から決まってたの」
 もういいでしょ、なんて風に彼女は僕の手を取って、彼女が来たのと反対側の方へ行かせる。
 壁をグッと強い力で押すと開いた。どうやらここは2階らしい。地面まではそう遠くない。
「じゃあね」
 彼女はそう呟いて僕を下に落とした。宙で一回転して地面に着地した同時に、飛び降りてきたその場所が閉じられた。

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