死んでしまったらどこに行くのだろうと、そんなことを考えたことがある。でもユートピアにいる今となってはもう死んだなんていう事項は残念ながら訪れないのかもしれない。
そんなことを思っていたある日、演奏者くんが元天使様であるということを知った。
「……………………マジで?」
「ああ、そうだ」
とくに驚くべきことでもない、なんて言うふうに彼は言った。
「……死んだ人もそこにいるの?」
「…………いや、そんなことは」
「…………え?」
「死んだ人はまた別のところに行く。別に僕らが住んでいた場所が人間としての終点ってわけじゃない」
彼はそう言って笑った。
「でも、きみは例え人間だったとしても僕の住んでいた場所まで連れていくよ。そうしたいと、思ってるから」
初心に立ち直ってみれば、彼とボクとの出会いは演奏者としての彼と権力者としてのボクのいわば対立構造だった訳だ。
なのに気がついてみたら、もう既に仲のいい関係になっていることは言わずもがなである。
毎日毎日、彼が弾くピアノの演奏を聞いて、仲良く会話をして、まるでそれは友達のようで、とてもじゃないけれど対立しているといえないようなものである。
でもそれでいいんじゃないかと、今は思えてしまうほどにボクは彼のことを好きだったのだ。
変な意味じゃない、恋愛感情でも何でもない。 ただ彼のことをまるで友達のように感じていただけだ。権力者として、それはとても正しくないことだけれども、それでもボクは今はこれでいいと思っている。
本当は対立しなくてはいけないかもしれないけれど、ボクは彼のことが好きで、友達だと思っていて、今はそれでいいんじゃないかと。
権力者集団に命令されたこととは、今の結果と真逆かもしれないけれど、それでも、うまくいかなくてもいいんじゃないかと今はそう思っている。
目が覚めたら知らない天井だった。手と足が台に拘束されているらしく、動かなかった。
何者かに捕まってしまったのかな、なんて思考が回り辺りを見回した時、静かに扉が開いた。
「………………生きてる?」
小声で囁いてきたのは権力者だった。来た方向に視線を向けて確認してるからゆっくり扉を閉めてこちらへやってくる。
「……権力者」
「生きてるね。よかった」
彼女は安心したように声をあげると、背負っていた鞄から何かを取り出した。
「これじゃない、これでもない……。………………あ、あった」
何か細長い物を取り出すと、足の方を何か操作した。すると『カチッ』と小さい音が鳴り、足が自由に動くようになる。彼女はそれを確認してから手の拘束も外してくれた。
「ありがとう、権力者」
「どういたしまして」
「それにしても、なんなんだい。この拘束は。誰が一体どんな目的で…………」
「『権力者集団』が『この世界の理を乱した演奏者くん』を『捕まえて監視下に置くため』だよ」
淡々と彼女はそう言った。
「…………権力者集団?」
「うん。本当はボクだけが権力者な訳じゃないの。騙しててごめんね」
「いや、いいさ。それより、きみの仲間を裏切るような真似をしていいのかい?」
「………………ボクは演奏者くんがいなきゃ、どっちにしろ死ぬから、せめて君を助けたかったの」
「………………は?」
死ぬ? この世界にもそんな概念があるのか? 迷い子たちが住人にされた後も、飲み食いなどはしなくていいらしいと聞いていた。だからそもそも死という概念すらないのかと、そう思っていた。
「……死んではいけない」
心の底からそんな言葉が飛び出た。まだまだ、権力者と一緒にいたいなんて無邪気な気持ちが浮かんでくる。でも、彼女は寂しそうに微笑んだ。
「ごめんね。どっちにしろ、最初から決まってたの」
もういいでしょ、なんて風に彼女は僕の手を取って、彼女が来たのと反対側の方へ行かせる。
壁をグッと強い力で押すと開いた。どうやらここは2階らしい。地面まではそう遠くない。
「じゃあね」
彼女はそう呟いて僕を下に落とした。宙で一回転して地面に着地した同時に、飛び降りてきたその場所が閉じられた。
太陽の光が今日も大地に暖かな日差しを与えている。暑くなく、でも寒くもない。そんなちょうどいい温度が今日もまた続いている。
こんな天気に外でピアノを弾くのはとても心地よいもので、今日も僕は元気にピアノを弾いていた。
そんなことがやけに印象的に残ったのか、彼女は僕のことを『演奏者』なんて呼ぶようになって。僕はそれに対して否定も肯定もせずに、好きに呼ばせている。
「演奏者くん」
彼女から肩を叩かれながら声がかかって、ピアノを弾く手を止めて後ろを振り向くと、頬に指が刺さった。
「…………?」
「ひっかかった〜」
何の話だか全く検討もつかないが、今まで見たことの無い程の明るい笑顔に僕はあっけに取られてしまった。
屈託のない、まるで太陽みたいな綺麗な笑顔。
「演奏者くんの隙をついちゃいました〜」
そんなふうに言う姿は『権力者』と名乗った時とはまた違って、なんだか無邪気な子供のようだった。
(現パロ)
鐘の音が聞こえた。教会で鳴りそう鐘の音。まぁ、実際そこから流れているんだけれど。
「誰かが結婚した感じかい?」
ボクは頷いた。
よくあることだ、結婚式なんて。教会の近くに住んでるから特に驚くようなことでもない。
「へぇ、いいね」
だがしかし、この男には好奇心が勝っているようでそんなことを言ってのけた。
何がいいんだ。他人の結婚にも幸せにも特に興味がない。第一知り合いなわけじゃないんだから。
「きみと僕もするかい?」
「…………できないでしょ」
独り言のように小さく呟いた。
「そうだね。きみは人間、僕は天使だから」
『ユートピア』で権力者だったボクは、演奏者くんに対して絆されていたことがバレて、命を落としてしまった。少しして人間世界に生まれ変われたことに気づいた時、演奏者くんは天使様としてボクの近くにいたのだ。
「…………『ユートピア』はどうしたの」
「……きみには関係ないことだよ。そして、僕にも」
演奏者だった頃の彼とは真逆の瞳が全く笑っていない顔で君がそう言ったと同時にまた、鐘の音が鳴った。