(前回と同じ時空現パロ)
「みて、入道雲」
「え、あ、本当だ」
彼が指さした窓の外を見れば、確かに立派な入道雲ができていた。
ということは雨なのだろうか。入道雲が出たら雨みたいな話を聞いたことがある。
ところでこの男はボクに好意を抱いているらしい。当然だけど勘違いではないのだ、多分。クラスの友達も『いつもはクールなのにボクを見る時だけ嬉しそうな顔をしてる』ってそんなことを言ってたし、ボクもそう思うのだ。
ボクと話しているときに顔が赤いこと多いし、何かが好きだというと何故か大げさに反応するし。
この男、少々隠すのが下手くそではないか。
でも、ボクにはわからない。一体ボクのどんなとこに惚れただろうか。ボクはお世辞でも可愛いとはいえない。どう考えても可愛いとはいえず、しかも彼が惚れてるらしいと友達が勘づいたのはボクが彼と仲良くなる前だったらしい。
どういうことなのだろうか、この男は何したいんだ。
何もわからないけど、ヤバいやつではなく、いまのところいい人間だ。だからもう少し仲良くなっておきたい。
(現パロ)
夏だった。
正確には暦の上とやらでは夏ではなく、ギリギリ春とかなのかもしれないが、ともかく夏みたいな暑さだった。
快適な温度であるユートピアと違い、現代社会というものはことごとく快適な温度というものが存在しない、いつもいつも暑すぎるか寒すぎるかの二択だった。
「アイス食べたい…………」
「僕もだよ」
クーラーの壊れた教室でボクの前に座っている少女がそう声を上げた。
彼女の現代社会での名前はさておき、彼女はユートピアでは『権力者』を名乗っていた少女だった。かく言う僕も、ユートピアでは『演奏者』を名乗っていたが。
つまり僕と彼女は前世からの友人である。
が、しかし。彼女は前世の記憶を失っていた。一方の僕は完璧に覚えてるどころか、ユートピアで彼女を手に入れられなかった悔しさを今世の彼女にぶつけることに決めていた。
だから、覚えていようとなかろうと、一旦自分のものにしようとしてる最中である。
今の所、その計画は良好で、こうして彼女の隣で親しげに話すことができている。区分でいう所の親友に値するのだろうか。それを恋人まで上げられるのもせいぜい時間の問題だろう。
「学校にアイスの自販機を置くべきでは?」
「僕もそう思うが、現実的に考えるのは無理だろう」
「え〜」
不満をもらす彼女の顔はあの頃と変わらず可愛くて、あの頃よりも好意的な表情を向けてくれる彼女にもっと気持ちが溢れそうになった。
「…………顔赤いよ? 熱中症?」
「……熱中症ではないが、暑いからね」
「水分とかとってね〜」
……溢れそうでなく、溢れてたみたいだが、まぁなんと都合のいい言い訳が存在するのか。全くもっていいところはないが、たまには役に立つ季節だな、なんて僕は思った。
やっぱりボクは、演奏者くんのことが好きだ。
何度も何度も押し殺そうとしたけれど、それでもやっぱり彼のことが好きだった。
そもそも好きな人とわりと結構な時間一緒にいて、恋心という気持ちを押し殺すなんて無理な話だろう。
彼のことを少しづつ知って、彼のことをもっと好きになって、それではいけないと思う日々。
ここではないどこかなら、ボクと彼は対等だったのかもしれない。そうしたら、恋心だって押し殺さなくて済んだかもしれない。
でも、ここではないどこかなら、ボクと彼は知り合わなかったかもしれない。
………どっちがいいのだろうなんてしょうもないことを考えながらボクはため息をついた。
終わりが近づいているような予感がしてた。そんな予感はいらなかったけれども。
でも気の所為だと思いたくて、だから変わらぬ日を続けていたある時、彼女は僕に向かって言ったのだ。
「管轄が変わるから会うのは最後」
淡々と、まるで良くあることのように彼女は言った。顔も特に笑ってもなければ泣いてもいない、真顔で彼女は言った。
「…………本当に?」
そんなことを返した僕に彼女は微笑んで、僕の手を握りしめて。
「…………きみの演奏好きだからさ、管轄場所変わっても弾いてね」
そんなことだけ言って離れていってしまった。
信じちゃいなかった。彼女は冗談とか言う人だったから。
でも、いつものように演奏をするためにピアノの前に座った時、たまたま通りかかったような顔をしていたのは、彼女と同じ服を着た違う人だった。
そいつはまるで怒ったかのように僕の方へ来て言った。
「ピアノ弾こうとしてるが無駄だぞ。今、迷い子はいない。いたところでお前が元の世界に返す前にこのオレが住人にしてやるからな」
「…………きみの、名前は?」
「あ? 名前なんかかんけーねーだろ。呼びたきゃ『権力者』って呼べ」
彼女と全く違う顔で、声で、性格で、彼女と『同じ名前』を吐いた相手を見て、本当に彼女が居なくなってしまったことを実感したのだった。
一年後には何があるんだろうか。
これまでのボクに未来なんてなかった。ボクは使い捨ての駒で、未来なんて望めないほどにボクは無力だった。
でも、演奏者くんと付き合いはじめて、ボクにも未来ができたような気がしてる。
理由なんてなくて、確証だってないけど、でも何となく。
ボクが命の危機に迫ったら、演奏者くんが助けてくれるような、そんな気がした。
ボクの未来には何か素敵なものがあるんじゃないかな、なんてボクは思ってしまった。