(現パロ)
夏だった。
正確には暦の上とやらでは夏ではなく、ギリギリ春とかなのかもしれないが、ともかく夏みたいな暑さだった。
快適な温度であるユートピアと違い、現代社会というものはことごとく快適な温度というものが存在しない、いつもいつも暑すぎるか寒すぎるかの二択だった。
「アイス食べたい…………」
「僕もだよ」
クーラーの壊れた教室でボクの前に座っている少女がそう声を上げた。
彼女の現代社会での名前はさておき、彼女はユートピアでは『権力者』を名乗っていた少女だった。かく言う僕も、ユートピアでは『演奏者』を名乗っていたが。
つまり僕と彼女は前世からの友人である。
が、しかし。彼女は前世の記憶を失っていた。一方の僕は完璧に覚えてるどころか、ユートピアで彼女を手に入れられなかった悔しさを今世の彼女にぶつけることに決めていた。
だから、覚えていようとなかろうと、一旦自分のものにしようとしてる最中である。
今の所、その計画は良好で、こうして彼女の隣で親しげに話すことができている。区分でいう所の親友に値するのだろうか。それを恋人まで上げられるのもせいぜい時間の問題だろう。
「学校にアイスの自販機を置くべきでは?」
「僕もそう思うが、現実的に考えるのは無理だろう」
「え〜」
不満をもらす彼女の顔はあの頃と変わらず可愛くて、あの頃よりも好意的な表情を向けてくれる彼女にもっと気持ちが溢れそうになった。
「…………顔赤いよ? 熱中症?」
「……熱中症ではないが、暑いからね」
「水分とかとってね〜」
……溢れそうでなく、溢れてたみたいだが、まぁなんと都合のいい言い訳が存在するのか。全くもっていいところはないが、たまには役に立つ季節だな、なんて僕は思った。
やっぱりボクは、演奏者くんのことが好きだ。
何度も何度も押し殺そうとしたけれど、それでもやっぱり彼のことが好きだった。
そもそも好きな人とわりと結構な時間一緒にいて、恋心という気持ちを押し殺すなんて無理な話だろう。
彼のことを少しづつ知って、彼のことをもっと好きになって、それではいけないと思う日々。
ここではないどこかなら、ボクと彼は対等だったのかもしれない。そうしたら、恋心だって押し殺さなくて済んだかもしれない。
でも、ここではないどこかなら、ボクと彼は知り合わなかったかもしれない。
………どっちがいいのだろうなんてしょうもないことを考えながらボクはため息をついた。
終わりが近づいているような予感がしてた。そんな予感はいらなかったけれども。
でも気の所為だと思いたくて、だから変わらぬ日を続けていたある時、彼女は僕に向かって言ったのだ。
「管轄が変わるから会うのは最後」
淡々と、まるで良くあることのように彼女は言った。顔も特に笑ってもなければ泣いてもいない、真顔で彼女は言った。
「…………本当に?」
そんなことを返した僕に彼女は微笑んで、僕の手を握りしめて。
「…………きみの演奏好きだからさ、管轄場所変わっても弾いてね」
そんなことだけ言って離れていってしまった。
信じちゃいなかった。彼女は冗談とか言う人だったから。
でも、いつものように演奏をするためにピアノの前に座った時、たまたま通りかかったような顔をしていたのは、彼女と同じ服を着た違う人だった。
そいつはまるで怒ったかのように僕の方へ来て言った。
「ピアノ弾こうとしてるが無駄だぞ。今、迷い子はいない。いたところでお前が元の世界に返す前にこのオレが住人にしてやるからな」
「…………きみの、名前は?」
「あ? 名前なんかかんけーねーだろ。呼びたきゃ『権力者』って呼べ」
彼女と全く違う顔で、声で、性格で、彼女と『同じ名前』を吐いた相手を見て、本当に彼女が居なくなってしまったことを実感したのだった。
一年後には何があるんだろうか。
これまでのボクに未来なんてなかった。ボクは使い捨ての駒で、未来なんて望めないほどにボクは無力だった。
でも、演奏者くんと付き合いはじめて、ボクにも未来ができたような気がしてる。
理由なんてなくて、確証だってないけど、でも何となく。
ボクが命の危機に迫ったら、演奏者くんが助けてくれるような、そんな気がした。
ボクの未来には何か素敵なものがあるんじゃないかな、なんてボクは思ってしまった。
「……演奏者くんってさ、子供のときどんなだったの」
ある日の演奏会後、権力者がそう言った
「どんな、とは」
「ん〜、性格とか? ボク、あんまり小さい頃のこと覚えてないからさ、演奏者くんはどーかなって」
子供の頃か。天使だったとか、そういうことは言わない方がいい気がしたから言葉を選びながら喋る。
「……天才だと思い込んでたことはあったな。自分は何でもできて、どんな者にだってなれるって」
「お〜、意外」
「ピアノはその頃からやってて、結構小さな年齢からやっていたから上手い方だとみんなが褒めてくれたのもあっただろうけど」
「なんか可愛いじゃん」
彼女はそう言って笑った。
バカにされてるような、でも新鮮だと感じていそうな顔にイマイチ怒れない僕は続けた。
「まぁ、でも今はとっくに天才じゃないって気づいてるから」
「…………なんだなんだ? 言い訳か?」
「……怒るよ」
権力者はまた笑った。今度はバカにしてるというよりも楽しくて仕方がなさそうな顔で。
その顔がとても可愛くて、なんだか憎めなくなった僕はため息をひとつついた。
「……きみの話も思い出したら教えてくれよ」
「…………………………いつかね」
到底話す気なさそうな声で返されたが、まぁいい。
僕が関わってない過去の期間よりも、僕と過ごした日々の方が絶対に長くさせる自信はあるから。少しの過去なんて気にもとめないほど、長い期間をここできみと過ごしたいなんて、僕はそんなことを考えてしまった。