シオン

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5/22/2024, 2:38:00 PM

「レパートリー、増えた?」
 演奏者くんが演奏を終えたあとにそう尋ねると、彼は頷いた。
「少し前から考えてた曲、人に聴かせられるレベルになったから」
「なるほど⋯⋯」
 生み出してるのだろう、きっと。すごいな、なんて思った。
 ボクはピアノ弾けないからすごいことのように感じられる。
「うん、じゃあそろそろ僕は家に帰ろうかな」
「ん〜」
 ボクも住人の見回りをしなきゃいけない。そろそろいい頃合い、だろう。
「じゃあね、演奏者くん」
 そう言うと演奏者くんはいつものように口を開こうとして、少し立ち止まってから思いついたように言った。
「『また明日』、権力者」
 そのまま家に入っていく。
 『明日』なんてボクらには測れない基準なのに当然のように言ってのけた彼に、ボクは何にも返せなかった。

5/21/2024, 3:27:01 PM

「みず、うみか⋯⋯⋯⋯⋯⋯???」
 知らない場所に行ってみようと思って適当に決めた方向になるべく真っ直ぐ歩いていったら湖があった。
 透明な水が光を反射してキラキラと光っている。
「きれいだな⋯⋯」
 思わず口に出てしまうほどにきれいな光景。
 長いことここに居るはずなのに、全く知らない場所で、もう少し奥の方に行ってみようと湖の周りを歩こうとした時声がかかった。
「演奏者くん」
 湖から来た方へ一メートルほど離れた場所に権力者が立っていた。
「やぁ、権力者。きみもこの場所知ってたかい?」
「うん。知ってた」
 彼女は微笑んで言ったけれど、立っている場所から微動だにしない。いつもは僕の方に近づいてきて何か冗談の一つを言ったりするのに。
「⋯⋯⋯⋯なんで、こっちに来ないんだい」
 そう聞いたら彼女は笑っていった。
「今立ってるとこが境界線。越えると死んじゃう」
「は⋯⋯⋯⋯?」
 冗談なのか本気なのか分からない。それでも、試してみてほしくなんかない。だから僕は彼女のとこまで戻った。
「別に、いいのに」
「試されたら心臓に悪いし、一人で行くのもつまらない」
「ここまでは一人だったのに?」
「元々一人と、置いていくのは訳が違うだろ」
「⋯⋯あはは、優しいね、演奏者くんは〜」
 からかったような声、でも何故か安堵してるようにも聞こえて、やっぱりあのまま進まなくてよかった、なんて僕は思った。

5/20/2024, 3:44:01 PM

「きみが思う『理想の僕』ってどんな?」
「は?」
 演奏者くんが奏でるピアノの音色を聞くために広場のベンチに行ったら、何故かベンチに座ってた権力者くんに言われた。
「なにそれ」
「まぁ、まずは答えて」
「理想の演奏者くん⋯⋯? お願いしたらピアノ弾いてくれて、住人の捕獲に対してそこまで敵対してこない人」
「はは、『そこまで』でいいのかい?」
「まぁ」
 そもそもあまりボクの思い通りになられると、対して住人と変わらない節が出てくる。だからせいぜいそのくらい、つまりあんまり変わって欲しくない。
「ぎゃくに、君は?」
「⋯⋯僕か」
 顎に手を当てて考える素振りを少しだけしてから彼は答えた。
「⋯⋯⋯⋯僕のこと、好きって思ってくれるとか」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は!?」
 今、なんて言いました!?!?!?!?
 『好き』!? 好き、って思ってくれる人って言った!?
 は!? 何!?
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんてね、冗談。あまり思い通りになってもつまらないから変わらなくていいかな」
 君は少し意地悪そうな顔で言った。
 同じ思考を持ってて、お互いの理想が相手に詰まってて。
 それってなんか、すっごい付き合ってるみたいじゃん、なんて思ってボクは頭の中のその思考をかき消した。

5/19/2024, 4:19:54 PM

(権力者が集団であることがバレたあと)
「『今日』で終わりだから」
 彼女はそう言った。特に何も弊害が無いかのように、まるで今回でこの曲の練習を終わりにしようなんて言うかのように。
「⋯⋯⋯⋯何がだい」
「ボクの担当。『明日』ってかボクがやってるルーティン終わったら交代」
「ルーティンはいつ終わるんだい」
「もう終わった」
 あっけらかんと言った。なんでもないことのように。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯終わった」
「うん」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯じゃあ、もう」
「うん、そうだね」
「別れの挨拶をしに来てくれたのかい?」
「うん」
 前会った時はこんなんじゃなかった。今までみたいな時間の流れ方がずっと続くんだろうなんて、そんなことを考えてた。
「⋯⋯⋯⋯別れの、挨拶」
 それが突然に失われた。もう二度と彼女に演奏を聴いてもらうことも、『演奏者くん』なんて明るく呼ばれることも、迷い子を取り合って小競り合いすることもなくなってしまう。
「うん。だって、次の『権力者』は絶対融通効かないから。ボクみたいにちょろくなんかないしね」
「⋯⋯⋯⋯そうか」
 自分でいうのか、なんていつもなら返したかもしれないが今の僕は到底そんな返事はできそうになかった。
「だからさ、その忠告と、あと」
「⋯⋯あと?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ボクの名前、メゾね。じゃ」
 ひらひらと手を振って去っていった。
 メゾ。
 楽譜記号の一種で『少し』を意味する表現。
 僕の名前は『フォルテ』
 なんかの関連性が見いだせそうで、その意味合いで彼女の記憶を残しておきたくて。
 彼女の思い出を一つ一つ思い返して忘れないようにしたところで、彼女のことが好きだったことに気づいた。

5/18/2024, 3:14:50 PM

「恋バナしよう」
「何でだい?」
 権力者がどこからかやってきてベンチに座ったかと思えばそんなことを呟いた。ちなみにどこから来たか検討がつかない。あっちは行き止まりだったはずだ。
「ん。なんか、うん」
「何が」
「恋、したことある?」
 何も答えてくれず一方的に質問をしてきた。今日は機嫌が悪いのかなんなのか。
「ないな」
「⋯⋯⋯⋯ふーん」
「なんだい」
「⋯⋯⋯⋯ボクは、あるよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯だれ、と」
 言葉がカタコトになる。
 ない、なんて完全なる嘘で、本当はあって。
 でも『ある』なんて答えたら今の僕のように『誰』と聞かれて、そこで体のいい嘘をつけない僕は恋心を暴露してしまうかもしれないからと口を噤んだのだ。
 だから、権力者が恋をしたことあるのは気になってしまって。
「⋯⋯⋯⋯いいね」
「何が」
「困ってるみたいな、驚いてるみたいなその顔」
「は」
「⋯⋯⋯⋯ふふ。元気でた。住人の様子見てくる」
 立ち上がって去っていく。
 なんだったんだ? 本当に。
 構って欲しかっただけか??
 見送り終えてから解答を誤魔化されたことに気づいて軽く舌打ちを鳴らした。

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