(権力者が集団であることがバレたあと)
「『今日』で終わりだから」
彼女はそう言った。特に何も弊害が無いかのように、まるで今回でこの曲の練習を終わりにしようなんて言うかのように。
「⋯⋯⋯⋯何がだい」
「ボクの担当。『明日』ってかボクがやってるルーティン終わったら交代」
「ルーティンはいつ終わるんだい」
「もう終わった」
あっけらかんと言った。なんでもないことのように。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯終わった」
「うん」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯じゃあ、もう」
「うん、そうだね」
「別れの挨拶をしに来てくれたのかい?」
「うん」
前会った時はこんなんじゃなかった。今までみたいな時間の流れ方がずっと続くんだろうなんて、そんなことを考えてた。
「⋯⋯⋯⋯別れの、挨拶」
それが突然に失われた。もう二度と彼女に演奏を聴いてもらうことも、『演奏者くん』なんて明るく呼ばれることも、迷い子を取り合って小競り合いすることもなくなってしまう。
「うん。だって、次の『権力者』は絶対融通効かないから。ボクみたいにちょろくなんかないしね」
「⋯⋯⋯⋯そうか」
自分でいうのか、なんていつもなら返したかもしれないが今の僕は到底そんな返事はできそうになかった。
「だからさ、その忠告と、あと」
「⋯⋯あと?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ボクの名前、メゾね。じゃ」
ひらひらと手を振って去っていった。
メゾ。
楽譜記号の一種で『少し』を意味する表現。
僕の名前は『フォルテ』
なんかの関連性が見いだせそうで、その意味合いで彼女の記憶を残しておきたくて。
彼女の思い出を一つ一つ思い返して忘れないようにしたところで、彼女のことが好きだったことに気づいた。
5/19/2024, 4:19:54 PM