シオン

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4/19/2024, 10:20:30 AM

 基本的に僕らに未来はない。
 この世界は永久に同じような時が流れ続ける。だからそこに希望とか絶望とかそういったものが僕ら自身に生まれることは無い。
 もちろん、この世界に来る迷い子たちや、下界に住んでる普通の人間たちには『死』という概念があって、そういう面で言うなれば未来に何があるか知りたいという感情を持つのはごく一般的な感情だろう、と以前の僕は踏んでいた。なぜなら天使だったからだ。
 天使というものは基本的に寿命とかそういう概念は存在せず、あるのは永遠。つまり、未来に何が起こるだなんてあまり気にしたところで、そこまで必ず生きられるのだ。
 この世界もそんな感じで時間とかの流れとは隔絶されているもんだと思ってた。
 でもよく見ると違う。
 未来はあっても過去がないらしい。
 覚えてない、というよりなんらかによって消されたような。そう、まるで迷い子たちのように。
 もしかしたらいつか、彼女は消えてしまうかもしれない。権力者ではなく、住人として戻ってしまって新しい人が『権力者』として来てしまうのかもしれない。
 そしたら、そしたら、僕と彼女の未来はどうなるんだろうか。
 僕は彼女に想いを伝えられずに終わってしまうのかもしれない。
 だったら、未来を変えられるように努力しながらも、少しだけそうなるかどうかの未来を覗いてみたい、なんて思ったりした。

4/18/2024, 1:48:31 PM

 視界から色が消えた⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯らしかった。
 らしい、なんて曖昧な表現を使った理由はごく簡単で、『ユートピア』というこの世界自体にそこまで色はなかったからだ。
 だけどもよくよく見てみれば、そこら辺に咲いている花に色がない。濃淡が辛うじて分かる、そんなレベルならまぁそういうことだろうと思うしか無かった。
 色がなくなってもまぁあんまり不自由しないだろうなんて思った時、彼を見かけた。
 なんてことない顔で演奏者くんが歩いていて。
 彼はそもそも灰色の服しか着てないから特に何も無くて。
 なのになぜだかとてつもなく寂しくなってふと近づいて裾を掴んでしまった。
「⋯⋯! ⋯⋯⋯⋯⋯⋯けん、りょく、しゃ」
 たどたどしく言葉が紡がれ、驚いているのが分かる。
「⋯⋯⋯⋯何を」
「いや、うん、なんか」
 そう言いながら慌てて手を離して微笑んだ時、顔に手を当てられた。
 そのままじっとボクの方を見つめる。
 距離感やら手の置き方やら色々と心を乱す要素が多すぎる中、彼は口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯色が判別できないのかい?」
「⋯⋯⋯⋯え!?」
 なんで分かったのか、なんて思ったボクの心を察したのか彼は笑いながら言った。
「目を見れば分かるよ。一日程度で治る。心配なら今日はなるべく早く寝るといい」
 優しく微笑みながら彼は手を離して去っていった。
 少しだけ彼に触れられて色が戻ったような感じがしたのはきっと気の所為だろう。

4/17/2024, 3:36:37 PM

(現代転生)
 春になった。
 ここ最近暑かったり寒かったりして冬なんだが初夏なんだか分からない、そんな季節感だったけど、暦の上ではもうとっくに春だった。
 桜が気温変動に耐えきれず、葉っぱと一緒に出てきてはいたが、綺麗なことに変わりはない。
「ってことで花見をしようか」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯どういうわけで」
 やたら不機嫌な彼女に微笑みだけを返すと、軽い舌打ちが送られる。
「まぁ、幼なじみなんだからいいじゃないか」
「⋯⋯⋯⋯関係ないです」
 記憶がないらしい元『権力者』の彼女は、僕のことを幼なじみの一個上としか見てないらしいが、僕はバッチリ覚えてる。
「見たいんだよ、きみと」
「⋯⋯⋯⋯仕方ない人ですね。ボクなんかで良ければ」
 彼女も渋々了承してくれて、ボクの隣に座った。
 桜がハラハラと舞い落ちて、彼女の髪に乗った。
「きれいだね」
「⋯⋯⋯⋯ありがとう、ございます」
 彼女も微笑んで笑った。

4/16/2024, 2:25:47 PM

 夢を見た。
 寝てる時に見る方の『夢』。
 ボクは夢の世界で演奏者くんと一緒に色んなところに出かけた。彼が話してくれた『夕焼け』も『星空』も見た。
 ⋯⋯⋯⋯夢、だった。
 起きてこれ程後悔した試しがなかった。
 どうして夢なのだとベッドを叩こうとして、音が響いたらめんどくさいからと辞めた。権力者という集団で一番弱いボクはあまり下手なことで目立ってはいけない。目立ったら最悪簡単に消されるか、住人に戻される。
 ボクは元々この世界の住人だった。
 前は洗脳なんてなかったから、殴って叩いて時には死にそうになりながら言うことを聞かせていた。ボクはそんなの嫌だったからどんな事でも素直に聞いた。例えそれが、どれだけ理不尽な事でも。
 そしたら褒められた。で、権力者の末端に入れてくれた。
 なってすぐは元仲間を殴ったりしなきゃいけなかったけど、上の人たちが洗脳という能力を手に入れられる薬を作ってくれて、住人を洗脳することで言うことを聞かせられるようになった。
 嬉しかった。もう二度と元仲間を殴らなくて済むんだって。
 そして、これはボクの生涯をかける仕事だと思った。思ったのに⋯⋯⋯⋯。
 ボクはいつの間にか演奏者くんに惹かれて、この仕事を辞めたがっている。
 ⋯⋯⋯⋯せめて、夢見る心は消したくないから。
 ボクは今日も誰かに目をつけられないように行儀よく過ごすことにした。

4/15/2024, 2:29:26 PM

 好きだ、なんて言えたらどれだけいいのか。
 または、いっそう諦められたら。
 ボクは彼のことが、演奏者くんのことが好きだった。でも、彼は、この世界の住人じゃない。
 要するにいつか帰ってしまう。
 そんな人に向かって、敵対してるボクなんかが好意を向けたところで何か伝わるわけがない。要するに届かない思いなんだ、これは。
 ⋯⋯⋯⋯だから、ボクは君の好意を諦めたい。
 そう決心してから約一ヶ月たって、全然まだダメだけど諦める気は、ない。

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