シオン

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4/11/2024, 1:45:21 PM

 最近彼女を、『権力者』を見てるとなんだか心がザワザワする。上手く言葉にはできないが。
 前までは全然なんともなかったのに、今では彼女に微笑まれたり、話しかけられたりするととても温かな気持ちになる。
 やたら早い動悸が起こることもある。
 もしかしたら『ユートピア』特有の病気なのかもしれない。
 ということを考えた僕は彼女に聞いてみることにした。
「⋯⋯⋯⋯『ユートピア』に病気があるか? ないけど」
「ないのかい?」
「そりゃ、ここは『ユートピア』。『楽園』なんだよ??」
 それは名ばかりだろうなんてことは言えない。言ったら怒るから。怒られてどこかに行かれたら真相を解明することはできない。それだけは避けたい。
 だが、事実を受け取りやすいように改変することはあるが、嘘を言わない彼女が言ったのだから多分病気は存在しないのだろう。
「あると思うんだけどな⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯演奏者くんは、何を病気の症状だと思ったわけ?」
「⋯⋯⋯⋯動悸とか、心がザワザワしたりとか、息切れとか」
「それはどんな時に起きるの? 例えば走った後ならただ疲れてるだけとかでしょ?」
 なんだか呆れた風に彼女は言った。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯今とか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯今!?」
 やたら驚いたふうに言う。
「今だよ。正確にはきみと話してる時、かな」
「⋯⋯⋯⋯っ! な、なにそれ!!」
 何故か顔を真っ赤にして彼女はそう言った。
「顔、赤くないかい? 熱とかあるなら⋯⋯⋯⋯」
「う、うるさい!! 病気ないんだから熱もないの!! ボク、もう行くから!」
 彼女は慌てたような感じで走り去っていった。
 一体、なんだったんだろうか。

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本文とは関係ない作者の戯言
 ハートが100突破しておりました。
 いつも読んでくださり、ありがとうございます。

4/10/2024, 5:49:27 PM

 外の世界には四季、なんてもんがあるらしい。
 暑かったり寒かったりそんなことがあるらしい。
 そういうのってなんか凄く不便そうだ。
 でも上の人達はそんな景色も好きみたいで、そういう景色を作るために作戦会議をしていたらしい。
 珍しく有意義な話し合いだった、なんて話してるのをボクは聞き流した。
 でも、結局四季ってなんなんだろうか。
「⋯⋯演奏者くん、四季って知ってる?」
 知ってそうだと当たりをつけて彼に聞くと、彼は微笑んでいった。
「四季は知らないけど、春なら分かるよ」
「⋯⋯⋯⋯春?」
「春は花が咲くんだ。色んな色の花が」
「⋯⋯⋯⋯ここだって咲いてるじゃん」
「そうだよ。だから知ってるって言ったろ?」
 全く言ってる意味が分からなくて首を傾げたら彼は微笑んだ。
「ここは永久に春なんだよ、権力者」

4/8/2024, 4:08:01 PM

 『ユートピア』は昼の世界。光が当たる希望の街。
 それに比べてボクが毎日報告に行かなきゃいけない『ユートピア管理施設』の周辺は夜の世界。星も灯らぬ真っ暗な世界。そこに少ない街灯が施設までの道を照らしている。
 『ユートピア』の広場から真っ直ぐ歩くとあるそこは、何故かボクたち「権力者」じゃないと見えないらしく、たまに近くに演奏者くんがいることもあって、ちょっぴり怖い。
 報告書を渡して、新しい用紙を貰う。ただそれだけ。あとは他の相手と話したり、いろいろできるけどもボクはあんまりこの空間自体が好きじゃない。
 だいたいボクは落ちこぼれみたいなものなんだ。
 過去の記憶に干渉することもできず、都合のいい操り人形にしかできない。しかも命令しないと生きるための最低条件しかせず、全然使い物にもならない。まぁ、後半は偉い人が言ってたことだけど。
 そんなのはダメなんだって。
 だからボクは落ちこぼれなんだ。
 もしかしたらいつか、なんて思ったこともあったけど、全然ダメだった。
 いつか、いつか、ボクは用済みになっていらなくなるかも。
 それでも、これからも、ずっと彼のピアノを聴いていたい。
 ボクは施設から去りながらそう思った。

4/7/2024, 4:27:53 PM

「夕方って知ってるかい」
 ボクの演奏を聞いていた彼女にボクは尋ねた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
 彼女は黙ったまま首をふる。星空の話をした時に見せたそんな顔で。
「⋯⋯⋯⋯太陽があるだろう」
「ん」
「それが沈むんだ」
「ん」
「その光景が『夕方』なんだよ」
「ん」
 彼女は特段興味ないように相槌を打った。
 なんだか少しだけ違和感を覚えるような、まるで彼女が彼女では無いようなそんなことを思って尋ねようとした時に口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯知ってた」
「⋯⋯え?」
「知ってた、『夕方』」
 夕方を、知っている? 
 この世界は昼しかない。日は永久に照り続け、暑さも寒さもなくずっとちょうどいい気温が続く。
 そんな世界なのに、夕方を知っている。
「⋯⋯ここも全部こうってわけじゃないから」
 彼女の言葉は酷く冷たかった。
「それなら夕日の美しさも知ってるのか」
 彼女はその言葉に対して、少し目を伏せて返答した。
「嫌い」
 それが夕日に対してかどうかは一目瞭然だったのだろうか。
「⋯⋯⋯⋯嫌い、だよ。夕方は寂しいから」
 子供っぽいようなことを言って、彼女は微笑んだ。いつもとは全然違う、力のない笑み。
「⋯⋯じゃあ、一緒に見ようか。星空を見るついでに。そしたら寂しくないよ」
 その言葉に彼女は微笑んで言った。
「楽しみにしてる」

4/6/2024, 3:42:25 PM

 好きなのかもしれない。もしかしたら。
 いや、そんなことはない。というかあってはならない。だいたい不相応なのだ、ボクと彼は。
 でも、好きなのかもしれない。
 最近、ピアノの音が聞こえると勝手に足が広場へと向かう。今までは音を聴いているだけで幸せだったのに、どうしてか広場に行かないと気がすまなくなってしまった。
 それだけじゃない。
 気づくと彼のことを考えてしまうようになった。
 彼が何をしてるかとか彼が今どんなことを考えているのかとか。
 そんなのはよくない。
 だいたいボクと彼は敵対しているのだ。
 ユートピアに来た迷い子を元の世界に返したい彼と迷い子をこの世界の住人にしたいボクとでは本来は分かり合えるはずもない。好意なんてもってのほか。
 なのに、なのに。もしかしたらボクは彼のことが好きなのかもしれない。
 違う、そんなことはない。ダメだ、ダメなんだ。
 ボクのことを見てる時にしかめられる顔が、ボクにしか向けられないことに優越感を持ってしまって。彼が微笑んだら何だかボクまで嬉しくなって。
 その感情の行き着く先が恋かもしれないことはよく分かってる。でも、それは持ってはいけない感情なんだ。
 彼は綺麗で穢れてなくて、ボクはもう何人も人の理性とか人格とかを洗脳で消して人形にしてて。ボクがしてることなんてもはや人殺しと同じで。それを平然とやってしまっているボクが、彼を好きになる資格なんてどこにもない。
 消さなくちゃいけないんだ。この気持ちは。
 ⋯⋯⋯⋯好き、なんて思っちゃいけないんだ。
「ねぇ、聞いてるかい?」
 彼に覗き込まれて意識は現実に戻された。
 光が反射する青い瞳につい目を奪われる。なんて綺麗で、なんて穢れのない瞳なんだろうか。
「今日のきみは変だね」
「⋯⋯⋯⋯うるさいな。君といると調子が狂うんだよ」
 そんなことを言ってボクは立ち上がった。
 ボクが冷たい態度を取り続ければ君はボクのことをどんどん嫌いになっていく。そしてボクも恋心を消せるはずだから。
 そんなことを思いながらボクは唇をかみしめた。

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