シオン

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 好きなのかもしれない。もしかしたら。
 いや、そんなことはない。というかあってはならない。だいたい不相応なのだ、ボクと彼は。
 でも、好きなのかもしれない。
 最近、ピアノの音が聞こえると勝手に足が広場へと向かう。今までは音を聴いているだけで幸せだったのに、どうしてか広場に行かないと気がすまなくなってしまった。
 それだけじゃない。
 気づくと彼のことを考えてしまうようになった。
 彼が何をしてるかとか彼が今どんなことを考えているのかとか。
 そんなのはよくない。
 だいたいボクと彼は敵対しているのだ。
 ユートピアに来た迷い子を元の世界に返したい彼と迷い子をこの世界の住人にしたいボクとでは本来は分かり合えるはずもない。好意なんてもってのほか。
 なのに、なのに。もしかしたらボクは彼のことが好きなのかもしれない。
 違う、そんなことはない。ダメだ、ダメなんだ。
 ボクのことを見てる時にしかめられる顔が、ボクにしか向けられないことに優越感を持ってしまって。彼が微笑んだら何だかボクまで嬉しくなって。
 その感情の行き着く先が恋かもしれないことはよく分かってる。でも、それは持ってはいけない感情なんだ。
 彼は綺麗で穢れてなくて、ボクはもう何人も人の理性とか人格とかを洗脳で消して人形にしてて。ボクがしてることなんてもはや人殺しと同じで。それを平然とやってしまっているボクが、彼を好きになる資格なんてどこにもない。
 消さなくちゃいけないんだ。この気持ちは。
 ⋯⋯⋯⋯好き、なんて思っちゃいけないんだ。
「ねぇ、聞いてるかい?」
 彼に覗き込まれて意識は現実に戻された。
 光が反射する青い瞳につい目を奪われる。なんて綺麗で、なんて穢れのない瞳なんだろうか。
「今日のきみは変だね」
「⋯⋯⋯⋯うるさいな。君といると調子が狂うんだよ」
 そんなことを言ってボクは立ち上がった。
 ボクが冷たい態度を取り続ければ君はボクのことをどんどん嫌いになっていく。そしてボクも恋心を消せるはずだから。
 そんなことを思いながらボクは唇をかみしめた。

4/6/2024, 3:42:25 PM