なめくじ

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11/3/2024, 5:48:18 PM

お風呂の鏡を左手で拭った。
鏡の中の自分は曇った顔を浮かべていた。

お前の左手は自傷をするためにある。

湯船を赤色に染めた。



倒れた鏡を右手で立て直した。
鏡の中の左腕に罅が入っていた。

お前の右手は遺書を書くためにある。

白い便箋を黒く汚した。



錆のないカッターを取り出した。
刃に反射した光から声が聞こえた。

お前の左足の太い血管は血を噴き出すべきなのに。

太ももに付けた浅い引っ掻き傷を睨んでいた。



全身鏡の中には、縄に首を通した自分がいる。
鏡の中の自分は、満面の笑みを浮かべている。

お前の右足はもはや地を踏み出す気もないようだ。

静かに右足で足場を蹴った。

10/5/2024, 6:03:17 PM

私は彼が好きなのに。
私の隣に我が物顔で立つ君が憎たらしいよ。

彼に話しかけようとしても、君が悉く邪魔をする。
彼から話しかけてくれても、君が割り込んでくる。
狙っているのかと疑いたくなる程に間が悪いんだ。

「一緒に買い物に行かない?」
なんて照れている彼の誘いに笑顔で頷くと、
何処からともなく君が飛んでくる。
「俺も行く!」
なんてぬかして、平然と私の隣に並ぶんだ。

君には興味無いよ、とか。
彼と話したいから来ないで、とか。
私は彼が好きなんだ、とか。
そんなこと言えるだけの度胸が私にあれば、
こんなに悩んでいないし、君を嫌いにもなってない。

愛されてるね、なんて聞きたくない。
私は君に愛されたい訳じゃない。
好きでもない奴に愛されたって嬉しくない。
君じゃ駄目なんだよ。彼じゃなきゃ嫌なんだ。

星座を見に行こう。って、君に誘われたくなかった。
二人っきりで、なんて縛りまでご丁寧に付けられてた。
その約束は彼とがいいんだよ。君とだなんてお断りだ。
君と二人で夜を共にするなんて、想像したくもないよ。

君のことは眼中に無いんだよ。
喉の奥から捻り出したい言葉。
なんで出てくれないんだろうか。
傷付けるのが怖いのかな。
そんなに君の事を大事に思ってるのかな。

そんな馬鹿げた話があるものか。
君という存在が煩わしくて仕方がないけど、
そんな君も彼の友達の一人だから。
君を傷付けたら、きっと優しい彼も傷付くから。

いつだって君は私にとっての何者でもない。
私が君を突き飛ばさないのは彼のため。

でも私の隣は彼のために空けておきたいから。
お願いだから来ないで。話しかけてこないで。
彼を見つめる私の熱い視線に早く気付いて。
君を見る私の冷ややかな視線で悟ってくれ。
君の誘いには一度も乗ったことが無いんだけど。
何度君の誘いを断れば察してくれるんだろうか。
私は心底君を嫌っている。感付きもしないのか。

予定が合わないからと断り、君の視線から逃げ出した。
本当は彼のために空けていたんだけど。
君のせいで彼を誘えなくなったんだよ。
また少し、君に対する嫌悪感が増した。

一人虚しく、家の窓から夜空を見上げる。
星が一粒残らず分厚い雲に隠されていた。

9/28/2024, 6:33:08 PM

「言葉じゃ、案外心って伝わってくれないものだね。」

よく君が寂しそうに言っていた。
真っ直ぐな物言いで、曲がったことが許せない。
好き嫌いもはっきりしている君は、
誤解を招きやすい子だった。

君みたいに、人から言われた言葉を
そのまま素直に受け取れる子は少ないんだ。
言葉の裏に隠されたものはないか探ってしまう。
人間っていうのは君が思うよりずっと、
臆病で、繊細なんだよ。

そうやって偉そうに諭していた僕が、
君にどんな言葉を送れると言うんだ。



最後の日、君はいつものように笑っていた。
飾らない感謝の言葉を淡々と言い放ち、
別れの言葉を軽々しく吐き捨てた。

やっぱり君は不器用だね。
そんな君にかけてやれる言葉が見つからない僕も、
案外似た者同士なんだろうな。

言葉で想いを正確に伝えることは出来ない。
言葉とは、言う人にも、聞く人にも、
その背景や口調にも意味が左右されてしまう。
制御なんて出来たものでは無い、不安定なもの。

自分が発した言葉全てに気持ちが込もっていても、
他人に伝わる想いは何千倍にも希釈したほんの数滴。
だからと言って、何千倍にも濃くした気持ちなんて、
到底言葉にはならない。そして正しくもない。

そんなもので自分の想いを相手に伝えるなんて、
無謀にも程がある。
それなのに伝わっていると思い込むなんて、
烏滸がましいにも程がある。
ましてや言葉に不信感を抱いている君にとっては、
別れ際に放つ言葉なんて無意味なものだろう。

僕たちに必要なのは、君に必要なのは。

僕は無言で君を力強く抱き締めた。
君は黙って僕の背中に手を回した。

きっとこれでいい。
僕たちに言葉なんて要らなかった。
感謝も謝罪も、今までを振り返ることも。
ただ、この温もりだけでよかったんだ。

9/24/2024, 9:45:38 AM

小さい頃。まだ明確な恋心も、熱烈な愛情も知らぬ頃。
私たちはジャングルジムで遊ぶ事が好きだった。

今思えばそこまで大きくはなく、難易度も高くない。
ただギミックが豊富だったのは覚えている。

中でも人気だったのは、鎖で覆われたジャングルだ。
その歳の子は到底手が届かない様な空間。
そこに彼女は陣取っていた。
歳の割に高い身長と柔らかい身体を活かし、
彼女は誰も行けない鎖の中へ囚われるのだ。

誰が言ったのか、彼女はまさに「檻姫」だった。



休み時間になれば教室はガラリとし、
ジャングルジムへ一目散に駆けていく。
チャイムと同時に出たというのに、
彼女は既に囚われていた。

果敢に挑戦する者、怯えて辞退する者。
その場にいた男子全員が鎖に手を掛けるも、
彼女の元へ辿り着いた者は誰一人として居なかった。

正直に言おう。
彼女は子供心にしてもわかる程、可愛らしかった。
大きな瞳、鈴を転がしたような笑い声。
おまけに愛嬌も良いと来た。誰が嫌いになれよう。
静かに本を読む彼から、ヤンチャなあいつまで。
みんな彼女に、いや。「檻姫」に夢中だったのだ。

それでもなお、彼女を救い出せる者は居なかった。



ある日。遂に最後の鎖に辿り着いた者が居た。
運動神経はいいが頭は弱い彼だった。
彼が彼女の居る鎖に手を伸ばした時、
体制を崩し、思い切り鎖を引っ張ってしまった。

檻姫は手を捻り、その日から登ることはなくなった。



ただ、私は知っていた。私だけは見ていた。
彼女が放課後に、
誰も居なくなったジャングルジムに登っていることを。

私はその時、初めて鎖に手を掛けた。
彼女の元へ行きたいという一心で。

何度も何度も挑戦した。
彼女は上から私を見つめていた。
日が暮れてきた頃、遂に私は最後の鎖に手を伸ばした。

私の手が鎖に触れる前に、彼女は私の手を取った。
私は暖かい、微かに湿布の匂いがする手を握った。

「待ってたよ。」

まさに彼女と私は、御伽噺の中にいるかのようで。
あの日の事は夢のように、しかし鮮明に覚えている。

あの瞬間、私は檻姫を救った騎士になれたのだ。

9/22/2024, 5:31:09 PM

どんなに甲斐甲斐しく媚びを売ったって、
自分の価値を認めてもらおうとしたって、
貴方では無理よ。私の瞳には映らないわ。

見向きもされないとわかっていながら、
私に利用されることを望むなんて。
変わった人ね。でもそれだけよ。

私は貴方を求めていない。
求めているのは貴方で、私はそれに応えていない。
それでも貴方は全てを受け入れ、
私に浪費されることを選んだ。

貴方の声が聞こえる。
届かないと分かりきった上での、悲痛で誠実な叫び。
私の役に立ちたいと。立たせて欲しいと。

そうじゃないでしょう?
私は教えたはずよ。
貴方は私の役になんてこれっぽっちも立たない。
精々出来るのは私の気まぐれに振り回されることだけ。

ただ、貴方の一途な想いに少しばかりの賞賛を。
世界一幸せに飼い慣らしてあげるわ。

その口で吠えてみせて。私の犬だ、とね。

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