どんなに甲斐甲斐しく媚びを売ったって、
自分の価値を認めてもらおうとしたって、
貴方では無理よ。私の瞳には映らないわ。
見向きもされないとわかっていながら、
私に利用されることを望むなんて。
変わった人ね。でもそれだけよ。
私は貴方を求めていない。
求めているのは貴方で、私はそれに応えていない。
それでも貴方は全てを受け入れ、
私に浪費されることを選んだ。
貴方の声が聞こえる。
届かないと分かりきった上での、悲痛で誠実な叫び。
私の役に立ちたいと。立たせて欲しいと。
そうじゃないでしょう?
私は教えたはずよ。
貴方は私の役になんてこれっぽっちも立たない。
精々出来るのは私の気まぐれに振り回されることだけ。
ただ、貴方の一途な想いに少しばかりの賞賛を。
世界一幸せに飼い慣らしてあげるわ。
その口で吠えてみせて。私の犬だ、とね。
肩が触れるような距離で話していたい。
膝の上を当然のように座ってみたい。
当たり前のように抱きつきたい。
人気者の彼は、何時だって周りを友達で囲む。
息がかかるほどの距離で笑い合うことに、
飛び付いても受け止めてもらえることに、
どれほど憧れ羨んだことか。
頬を赤らめながら手を繋ぎたい。
強く出張った喉仏に噛みつきたい。
乾燥気味の薄い唇に口付けをしたい。
ふと、誰かの肩越しに目が合う。
時間よ止まれ。
今はただ、この視線を独り占めしていたい。
空が泣く。私を見兼ねて。
頑なに涙を流さない私を嘲笑うように、
それでいて静かに私の涙を待つように、
傘を差す間もなく頭から足元までを濡らした。
冷たい雨の筈なのに、頬だけが何故か温かくて。
嗚呼、ついに泣いてしまったのか。
空よ、私の負けだ。泣かせるのが上手い奴め。
一粒溢れたら、もう止まらない。
歯止めを失った涙は気の済むまで溢れ落ちる。
ふと、雨が止む。
否、私の頭上に傘が差された。
ずぶ濡れの私を抱き締める彼によって、
私の涙を雨粒ごと拭った彼によって、
私の雨は泣き止んだ。
冷えた身体は、彼の体温を求める。
彼の優しさは、酷い程に熱かった。
知らない人間と手を繋ぐ君の笑顔が、
僕の網膜に焼き付いた。
怒りとも、悲しみとも違う。
空洞。僕の心に穴が空いた。
何かが出ていった気がした。
僕の事をなんとも思っていない視線が、
他人を見る目と何ら変わりない視線が、
僕の心を射止めて、深く抉るんだ。
君は僕の手の中に体温だけを残して去った。
君に貰った香水を未だに付けて虚しくなる。
君の手料理は今でも味を鮮明に思い出せる。
君が放った愛言葉は一言一句忘れていない。
目を開くと、言い知れぬ喪失感が襲いかかる。
君が僕の隣に居ないと思い知らされる。
君が僕以外に笑顔を向けているのを見せつけられる。
僕にとって君の存在は、
思っていたよりずっと大きなものだったらしい。
そして、君にとっての僕は、
替えの利く都合のいい人間だったみたいだ。
僕には、君が時々小さな小さな妖精の様に見える。
踊るように僕の周りを飛び跳ね、
歌うように僕の名前を呼び、
鱗粉を振り撒くように笑うんだ。
可愛らしくて仕方がない。
誰からも愛でられている、美しく可憐な少女。
そんな君の羽根をもげたなら、
どれほど満たされるのだろう。
その瞳に大きな大きな涙を浮かばせ、
僕の手の中でしか生きられなくなった君は、
どれほど愛おしいのだろう。
ああ、でも。
その晴れたような笑顔が見られなくなるのは、
まったくもって惜しいなあ。