初めて君を知ったのは、花が咲き乱れる公園だった。
色とりどりの薔薇に囲まれた君は、
どんな花より美しく映っていて。
一目で心を奪われた。
それから何度か公園で会い、話しかけて、
気付けばピクニックをする仲になった。
君が案外笑い上戸な事、涙脆いこと。
知れば知るほどに、心が惹かれていくのがわかった。
何度目かもわからない、約束の日。
君との待ち合わせ場所に向かう途中で、
ふと目に留まった花屋。
店先に並んでいた真っ白な薔薇を見た時、
笑顔の君が頭に浮かんだ。
花を手に取るのに、それ以上の理由は要らなかった。
君は初めて知った時と同じように、
鮮やかな薔薇に囲まれて、僕を待っていた。
こちらに気付いて微笑む君に、
駆け寄りたい衝動を抑える。
震える手を押えて、君の前に白薔薇を差し出す。
花束なんて大層なものは、買えなかったけど。
この一輪に全ての想いを込めたから。
「好きです。出会った瞬間から、ずっと。」
どうか、この想いが届きますように。
最初はわからなかった。
君と目が合った時のこの感情の名前を。
ただ、顔に熱がこもって、胸が暴れ出す。
ろくに口も開けなくなるこの感情を、知らなかった。
君を知っていくうちに、分かってきた自分の想い。
君とずっと話していたい。君の1番になりたい。
だんだんと欲張りになっていく自分が、
ちょっと嫌いになりそうだった。
ようやく知った君への愛は、最初の頃より重たくて。
いっその事君を、どこかに閉じ込めてしまいたい。
恋慕はいずれ、執着に変わっていく。
つい、溢れ出てしまった気持ち。
「私だけを見てよ」
ため息とともに出た言葉は、
君の耳に入るには小さ過ぎて。
互いの息が混じり合う距離、唇には程遠く。
もの欲しげに伏せられた瞳は、僕の心を焦がす。
心臓の音までも伝わりそうな距離、吐息が聞こえる。
ぷくりと赤い君の唇に、そっと口付けた。
1度目は優しく、触れるだけのキスを。
2度目は力強く、紅が移るほどに。
3度目は、お互いの愛を確認し合うように。
指輪を嵌める前に、細い薬指に小さくキスをした。
空が紫色に変わる頃、彼に内緒で家を出た。
小道の水溜まりに映るのは、痩せこけた私の顔。
こんなだから、彼は浮気したのよ。
お洒落も流行も分からないこんな私が、
彼の1番なわけが無い。
分かってるのよ。私が悪いの。
それでも、傷付いてしまったの。
彼への愛が、欠けてしまいそうで。
何かから逃げ出すよう、静かに、慌てて、飛び出した。
見てしまったのは、彼の後ろ姿と、綺麗な女性の顔。
仲睦まじそうで、つい、お似合いだと感じてしまった。
そして、浮気されているのかと悟った。
責める気はない。止める気もない。
私に出来るのは、彼の邪魔にならないことだけ。
だから私は、自分から彼の元を離れた。
でも、だけど、これだけは許して欲しいの。
リビングの小さな円卓に置いた勿忘草。
彼はその花言葉を知らないでしょう。
そして、調べることもないでしょう。
だから置かせて欲しいの。
淡い青色の、小さな花を。
夏まででいい。私を忘れないで欲しいの。
貴方を心の底から愛していた、私の事を。
夜の11時半。子供が出歩いてはいけない時間。
誰もいない冬の公園は、いつもより寂しく感じた。
親と喧嘩をした。
それも、頬が赤く腫れるほどの大喧嘩。
きっかけは本当に些細だったと思う。覚えてない。
大人と子供に挟まれた心が、
親の言葉に酷く傷付き、荒れた。
小さい頃、よく遊んだブランコに腰掛ける。
足で地面を蹴り、キィキィと揺らした。
何時だって背中を押してくれたのは母だった。
何度も押してとせがみ、もっと強くと喚いた。
それでも嫌な顔ひとつせず、
ただ少し呆れたように笑いながら、
背中を押し続けてくれた。
今や会話など存在しない。目も合わない。
いや、きっと逸らしているだけ。
母はいつも見守っていると知っているのに。
きっと今日の喧嘩だって悪いのはこっちだ。
屁理屈を並べて、母を傷付けて、父に叩かれた。
母はそんな父に怒鳴って、泣き出した。
謝らなくてはいけない。
いつも背中を押してくれる、優しい母に。
道を誤ったら叱ってくれる、厳しい父に。
一番の味方であり、唯一の理解者である親に。
地面を踏みつけ立ち上がる。
母は泣き止んでいるだろうか。
父は母を慰めているだろうか。
伝えたい事が沢山あるけど、最初の一言は決まってる。
もうブランコは揺れていなかった。
「ただいま」