向かい合わせ、2人の自分。
一体どちらが本当の私なんだろうか?
乱暴で柄の悪い私が叫ぶ。
「人間は所詮獣だ。本能の儘に赴く俺が本当の姿だ」
穏やかで愛想の良い私が、それを否定する。
「いいえ、人は誰しも心の奥底で慈愛に満ちています。私こそ真実です」
歪み合う2人であるが、
正直、私はどちらとも本当の私であると思っている。
私がそうであるように、きっと他の人もそうなんだと思う。
そう考えるようになってから、
ずっと窮屈に感じていたこの世界が、ほんの少しだけらくになったような気がした。
七夕に織姫と彦星が会うように、
年に一度、この日だけは互いにどれだけ忙してくても、
必ず時間を作って会うようにしていた。
思い出の展望台で夜空を眺め、2人の近況を報告しあっていると、
ふと、何か決心した顔つきで、彼が口を開いた。
「なあ、ちょっとだけ、いいか?」
「どうしたの?」
自分から話を切り出した癖に、暫く彼は何も言わなかった。
きっと、言いづらい事なのだろう。
私には、彼が何を話すのか想像が付いていた。
もう付き合って10年経つ。今まで、お互いに浮いた話など幾らでもあった筈だ。
それでもこの関係が今でも続いているのは、やはり互いに好きだから、
少なくとも、私は今でも彼のことが大好きだ。
でも、好きだからこそ、日々が辛い。
こんな関係、終わらせてしまった方がいいに決まってる。
そして再び何かを決心した顔つきで、彼は口を開く。
私も決心した。
「俺と、結婚してください」
「えっ?」
小さな箱から取り出された指輪のダイヤモンドが、
夜空に照らされて、きらきらと輝いていた。
窓越しに見えるのは、青い空に白い雲。
なんてことはない、ただの、いつもの景色だ。
けれど、そんな外の世界を眺め、
どうしようもなく渇望してしまうのは、
きっと私が、この閉ざされた空間に僻遠としているからだ。
「それでは、教科書の36ページを開いてくださいね」
早く、自由になりたい。
君と最後に会った日は、
さらっとした、とても簡潔な別れ言葉を口にしたように思う。
本音を言うと寂しくて辛かったけど、
それを伝えると、きっと私は重い言葉を吐いて、
君のせっかくの新たな旅立ちだというのに、
それに水を差してしまうんじゃないかと、とても怖かった。
なのに君は、そんな私に対して深々と頭を下げこう言った。
「…長い間、くそお世話になりました!!!」
薔薇には棘がある。
菊の花粉はアレルギーを起こす。
そして、あじさいには毒がある。
誕生日祝いに、彼女が手作りのチーズケーキを振る舞ってくれた。
琥珀色に焼かれた表面にフォークを通すと、中からしっとりとしたクリーム色の生地が姿を現して、チーズ特有の豊かな香りが漂った。
溢れる唾液を飲み込んで、私はそれをゆっくりと口元へ運ぶ。
「……これは!」
上品な甘味と濃厚なチーズの香りが口中に広がって、思わずため息が溢れてしまう。
なんだこれは、美味すぎるぞ。
チーズの香りがふんわりと鼻を通り抜けていくたびに、とても優雅な気持ちになる。
「しかも、この表面に乗っている紫色の花びら。ほどよい苦味がケーキの甘味へのアクセントとなっていて、全く飽きがこない」
彼女は私がケーキを食べる様子をじっと眺めていたが、目を合わせると、嬉しそうに目を細める。
「ほんと?よかった。頑張って作った甲斐があったわ」
このケーキを作るのに、一体どれだけの時間を費やしたのだろうか。
こんな素敵な女性に巡り会えた私は、本当に幸せ者だ。
うっとりとしたケーキの味わいに酔いしれた私は、
その幸福感とともにゆっくりと目を閉じた。