失って初めて気づく大切な人やモノの存在に、
もっと早く気づくことができれば、
きっとそこが理想郷だったんだと思う。
『私の日記帳』
終焉の鐘が鳴る。
黒炎の剣は解き放たれ、この世界は浄土と化した。
遂にラグナロクの時が来たのだ。
黒雲の合間から、赤き月が笑う。
暫くして、天上の世界から次々と翼の使者たちが現れた。
彼らの使命は地上で生き残った人間たちを探すことだ。
捕えられた人々は、神々から永遠の命を与えられる代わりに、永遠の地獄を味わい続けることとなる。
もう、人類に未来はなかった。
いや、そんな結末、この私が許す筈がない。
大地を裂いた黒煙の剣を手にし、私は翼の使者達を次々と薙ぎ払った。
私が剣を振るう度、黒い鮮血が大地を濡らす。
やがて全ての使者を仕留めた私は、最後にその刃を天に振るった。
黒雲は裂かれ、とうとう赤月は姿を現した。
血で黒く染まった剣を月に向け、私は叫ぶ。
「私はお前たちを許さない。しかし、命だけは勘弁してやろう。だから、全てを元に戻せ」
という事が、前日にあったんです。
だから、赤点のことは勘弁してくれませんか、お母さん。
向かい合わせ、2人の自分。
一体どちらが本当の私なんだろうか?
乱暴で柄の悪い私が叫ぶ。
「人間は所詮獣だ。本能の儘に赴く俺が本当の姿だ」
穏やかで愛想の良い私が、それを否定する。
「いいえ、人は誰しも心の奥底で慈愛に満ちています。私こそ真実です」
歪み合う2人であるが、
正直、私はどちらとも本当の私であると思っている。
私がそうであるように、きっと他の人もそうなんだと思う。
そう考えるようになってから、
ずっと窮屈に感じていたこの世界が、ほんの少しだけらくになったような気がした。
七夕に織姫と彦星が会うように、
年に一度、この日だけは互いにどれだけ忙してくても、
必ず時間を作って会うようにしていた。
思い出の展望台で夜空を眺め、2人の近況を報告しあっていると、
ふと、何か決心した顔つきで、彼が口を開いた。
「なあ、ちょっとだけ、いいか?」
「どうしたの?」
自分から話を切り出した癖に、暫く彼は何も言わなかった。
きっと、言いづらい事なのだろう。
私には、彼が何を話すのか想像が付いていた。
もう付き合って10年経つ。今まで、お互いに浮いた話など幾らでもあった筈だ。
それでもこの関係が今でも続いているのは、やはり互いに好きだから、
少なくとも、私は今でも彼のことが大好きだ。
でも、好きだからこそ、日々が辛い。
こんな関係、終わらせてしまった方がいいに決まってる。
そして再び何かを決心した顔つきで、彼は口を開く。
私も決心した。
「俺と、結婚してください」
「えっ?」
小さな箱から取り出された指輪のダイヤモンドが、
夜空に照らされて、きらきらと輝いていた。
窓越しに見えるのは、青い空に白い雲。
なんてことはない、ただの、いつもの景色だ。
けれど、そんな外の世界を眺め、
どうしようもなく渇望してしまうのは、
きっと私が、この閉ざされた空間に僻遠としているからだ。
「それでは、教科書の36ページを開いてくださいね」
早く、自由になりたい。