肌寒さを感じる季節になると、曉に決まって空を見上げるようになる。
ベテルギウス、リゲル。
冬の大三角を形作る欠片を持つオリオン座。
彼から幾度も聞いたその探し方はすっかり脳裏に染み付いている。
暗闇の中見つける三つ星はどんな探し物よりも嬉しくて、決して届くことはないその輝きに決まって手を伸ばす。
ラジオから流れるくぐもった声がオリオン座流星群の到来を告知した。
今年も、君と共に見つけられるだろうか。
【星座】
久し振りに会った彼からは、すっきりとした鈴蘭のような香りがした。
どうやら仕事先で貰った香水を付けてみたらしい。
無意識に薄い反応を返していたのだろうか、
「香水は苦手でしたか?」と心配されてしまった。
鈴蘭の香りは好きだ。
その甘ったるさのない香りは彼にも合っている。
ただ、少し寂しかったのだ。
いつも彼からする古い紙と珈琲と煙草が混ざったほろ苦い匂いが、どこか落ち着くあの香りが消えてしまったのが、少し。
【香水】
中々寝付けずに布団の中でぼんやりと天井を眺めていると、控えめに扉を叩く音がした。
扉を開けると立っていたのは彼で。
突然の君の訪問。
それでも冷え切った心は温度を取り戻していった。
ホットミルクと特別なクッキーで、まどろみまで二人で明かす夜。
【突然の君の訪問。】
雨の日の風景が好きだ。
葉を、花を、土を、空から零れ落ちた雫が濡らす。
雨音が余計な雑音を遮断し、狭まった視界に見えるのは草木と水が描く線のみ。
普段は苦手だが、雨の匂いに混ざってほんの少し香る煙草の匂いは嫌いではない。
見上げれば予想通り捉えた人影。
雨に佇む君はいつもとは違う儚さを纏っていて。
薄暗い世界に溶けてしまいそうな彼は、広がらない煙を見届けると人工的な灯りが照らす室内へと戻っていった。
今日も雨は嫌いになれない。
【雨に佇む】
読み終わった小説は、本当に好きな物を除いて売るか捨ててしまうことが多い。
本棚がすぐに埋まってしまうから。
でも何気ない日に君から貰ったあの本。
『ずっと読みたそうにしていたので』と渡されたそれは、書庫に同じものがあるにも関わらずビニールのカバーが付いていた。
読みたそうにしていた、とは言われたものの、本当にそれだけなのだ。
好きな作家さんが書いている訳でもないし、集めているシリーズでもない。
でも何故だろうか。
それだけは、その本だけはいつまでも捨てられないものである。
ビニールが解かれたそれは、今日も本棚の一番端にそっと佇んでいるのだ。
【いつまでも捨てられないもの】