車の通る横断歩道を、ビニール袋が横切る。
僕は自転車を漕いでビニールを拾った。誰も見ていないのに、誰かに見られている気がした。
風に吹かれて、坂を登る。重いペダルがギリギリと鳴いている。
坂を登り切ると、びゅうと強い風が吹いて、カゴに入れていたビニールが飛んでいった。通りがかった運転手と目が合った。
拾わなければよかった。
黒い海が光を散らして輝いている。波に揺れて、生ぬるい潮風が肌を撫でるたび、星の流れに溺れてしまいたくなる。
ふと、一際大きな光が三つ見えた。デネブ、アルタイル、ベガ。むかし聞き流した程度の知識が、思いがけず蘇る。いつか聞いた歌によって、脳にこびりついていた。
夜の海に浸っていると、傷口が海水に溶けていくような錯覚に陥る。沖に流された自分の体を貪るサメに、よく恐怖を空想したものだった。
しばらく身を任せていると、揺れが収まった。瞼を上げて、「おはよう」と返事をする。ドアを開けると、蒸し暑い空気と騒がしい活気が激しく体に押し寄せてきた。
ゆっくりと空を見上げ、瞼を閉じる。夜の海はすっかり明けて輝いていた。
──ねえ、どうしていつも一人なの?
彼女との関係は、放課後の教室での一言から始まった。あの無遠慮な問いかけに、私は答えを返すことなく、ただ沈黙を貫いた。だって、一人でいることが私にとっては当然で、その理由を考えたことなんてなかったのだから。
それからというもの、彼女は何かと私に話しかけてくるようになった。
──どうして私の顔を見ないの?
うるさい。私には、その必要がない。
──どうして他人と話さないの?
分からない。それが当たり前だから。
──どうして当たり前なの?
分からない。
彼女と話すたびに、心の中のもつれが増していくのを感じた。もう次は話さないでおこう、そう決めた。
ある日、彼女は突然私の手を引っ張り、無理やり立たせた。拒絶の言葉は喉に引っかかったまま出てこなかった。
──当たり前って、なんだろう。
私の手には、新品の補聴器が握られていた。
あちっ。彼女が声を零す。
彼女は少し手を払って、弾けるように笑う。夜の底で線香花火に照らされた笑顔は、おかしいほどに眩しかった。
バケツに花火をつけると、ジュクジュクと音を立てて火が消えていく。水面はいつのまにか炭で覆われていて、月も西の空へと沈み始めていた。
──ねえ。お祭り、楽しかったね。
火が落る。同じ顔をしていた。
──これで終わりなわけじゃないのに、さ。あははっ。
頬を撫る。濡れている気がした。
──あーあ、別れたくないなぁ。別れたくないのに……
突然体が軽くなって、勢いよく彼女に抱きついた。浴衣がふわりと舞って、二人で地面に転がる。
静寂が続いて、ゆっくりと口を開く。
──自由になろうよ、二人で。
──いいの?
少し、強く抱きしめる。額から汗が滲んでいた。
彼女の手を取って起き上がると、力強くバケツを蹴飛ばして、背伸びをする。
私は涼しかった甚平を脱いで、暑苦しい浴衣を着る。
──真面目ちゃんはもうやめ。行こっ。
その姿は、星々が見えなくなるほど美しかった。