「わからない事も多々あるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
と、引っ越し蕎麦をアパートの人に配った春。
都会にはこんな風習残ってないけど、お世話になった不動産屋さんがやっといた方がいいですよって言うんだからやっただけ。
この地で仕事があるわけない。
農業、林業、JAか、公務員くらい?しか仕事の募集はないだろう。
このアパートだって、大家さんが騙されたんじゃない?
って疑っちゃうくらい、空き部屋ばかり。まだ新しいのに。
私がここに引っ越した理由は、ちゃんとある。
仕事は辞めた。
親兄弟との連絡は取れないようにした。
住民票のブロックがいつまで効くかわからないから、なるだけ早くしないと。
引っ越しの際に、持っていたものはほとんど処分した。
そうとは思われないように白物家電と、段ボールは二箱。貴重品?と日用品。夏の服は処分した。
前に住んでいた人が付けたまんまのカーテンもあるし、エアコンもある。ベッドやソファ、机すらない私の部屋。
春先に引っ越したから、コートが布団代わり。
なんとミニマリスト。
そんなつもりはなかったけれど、結果そうなった。
テレビはもちろんない。
スマホで知りたい事はわかるから不便もない。
それより、コンビニと言えないような商店が一つあるだけで、チェーン店の様な気楽に買って食べる物がないのが困る。
キッチン雑貨も処分しちゃったばかりで、買うのは嫌。デリバリーなんてない田舎だし。
インスタントを宅配して貰うのが精一杯。
もう、毎日が明日こそはと思う。
私は理想郷としてここを選んだ。
素晴らしい景色と、ココだと感じたフィーリング。
いつの間にか梅雨明けしたらしいのに、いつ降るかわからない雨。
小雨でも嫌だ。
雲一つない晴天の日でないと嫌なんだ。
しかも、それは11:00ごろの日が登りきってない時間に。
だから、毎朝、日の上る前に窓を開けて空を見る。
天気予報なんて当てにできない。
少しでも雲があると、やる気無くす。
昼前には晴天か入道雲。
午後は、通雨、スコール、豪雨。
このパターンが多いと気がついた。
今日も、夕焼けが、綺麗。
明日も晴れるはず。
晴れて欲しい。
明日もいつもの通り、早起きして空を見る。
明日、もし晴れたら
あの綺麗な山を登る。
私が山って言ってるだけ。の小高い丘。
山の向こうは海。
凄く綺麗な断崖がある。
そこの先端に立つと、海に自分の影が映る。
私は、そこからジャンプして、空を飛ぶ鳥みたいな影を作る。
足に付けたダンベルでスッカリと海の底まで飛ぶんだ。
海の底に着いたら、自分がたてた波や泡を見る。そしたら、海の底から太陽が見えるかもしれない。
最後は一番綺麗な景色をみたいんだ。
母子家庭の子沢山。
長男な俺。
これだけで、だから1人でいたいと思う理由は十分だと思う。
兄弟の父親が何人も違う。
母親は、水商売以外働いた事がない。
これで、役満じゃないかと思う。
じっと耐え、長い事待った実家からオサラバ!
俺はやった!やり遂げた!
公立の高校の学費を自分で稼ぎながら卒業し、晴れて住み込みではあるが、家を出られた。
自動車の組み立て工場で働きながら金を貯める。
治安は良くないけれど、バイト代を母親や兄弟に盗まれなれてる俺は被害にあった事はない。
しかし、応募されてた条件とは随分違う気がする。
なんやかんやで金を払わなければならない。
田舎で金を使う店もないのに、貯まらない金。
二十歳になった。
ここにいても金にはならないと、一念発起して、ホストを目指す。
酒飲んで金もらう。くらいの知識しかなかったけれど、
遅刻しない。健康。って程度で採用された。
顔は母親に似てると思う女顔。父親の顔しらんからわからんけど。
で、ホストってのも寮に入るらしい。
しかもタコ部屋。
こりゃ勘弁。
早く金もらって、念願の一人暮らし!
ホストのイロハを叩き込まれた。
掃除や身なり。
何万円もするTシャツの存在を初めて知った。
アホじゃねーの?って思った。
店で出す酒も、びっくりな値段がある。丸の数数えるのが大変そうだ。
お客さんを姫と呼ぶ。
おばあちゃんでも、なんでも女性は姫らしい。
トンデモな世界だなと思ったが、母親に似たのは顔だけでもなかったようで、なんか指名?俺だけの姫が増えた。
姫が増えたら、金も増えた。
姫が増えたら、連絡したり、会ったりと時間がなくなった。
一年もしないで念願の一人暮らしができるようになった。
セキュリティ万全のマンション。
俺が思い描いてたのと全然違う豪華なマンション。
ブランド物も増えた。
もらったり、買ってもらったり。
携帯もたくさん持たされた。姫に。
姫直通。
姫直通がなったらすぐに折り返す。
寝てたなんて言い訳はできない。
他の姫といる時になっても、仕事の都合上仕方ないと断って折り返す。
そうすると姫は怒る。俺を自分だけのものとしたいらしい。無理だろ。
お客の整理は難しい。
いや、姫の整理。
姫の仕事はさまざまで、昼の仕事、夜の仕事。掛け持ちの仕事。
そんな姫が頑張って稼いだ金を俺に使ってくれてる。
一番儲かるのは店だけど。
今は金がある。自由でもある。
でもなんだか姫のために、店のために。
凄い窮屈な感じがする。
ちょっと休みが欲しくて、普通ならこんな事で休ませて貰えないんだけど、店に頼んで1週間休ませてもらった。
姫直通の電話は店に任せる。
他の姫達も店に任せる。
一台だけ新しいスマホを持って、一人旅。
スマホで写真を撮って店に送る。その写真は姫に送られたりする。
1人でいるようでそうでもない。
電車に乗れば乗客がいる。タクシーに乗れば運転手。
車の免許取っとけばよかったなと思う。
田舎の繁華街で小さなBARに入る。
お客はいないけど、BARの人がいる。
ホテルに泊まる。フロントに人がいる。
ここまで人を気にするようになるのは自分は変な病気なんじゃないかと思う。
田舎ばかりをハシゴして、1週間で店に戻る。
知った顔に安心する自分にびっくり。
姫達の反応はさまざま。
ずっと1人でいたいって思ってた。
1人じゃないイライラの旅だった。
この仕事は長く続けられないとも思う。
次の目標が定まった。
もう、1人でいたくないって思えるパートナーを探す事。
「アキラです。」
よく間違えられるんです。
1976年7月から人名としてつけられるようになった漢字で、僕の名前。『瞳』
まず、読み間違えられる事は確実。
書類だけだと性別の男性の所にグルグル太く印をつけていないと女性だと思われる。
今の時代の子供にキラキラネームが多いみたいだけど、僕はその先駆者だと思う。名前付けたのは親だけど。
おじさんと呼ばれる年齢になってもこの名前。
おじいさんになってもこの名前。
苦労が多いでしょうと思われがちだが、意外にも役に立っている。僕の場合は。
職業が、小学校教諭。
僕の目の前にはかわいい童たちが澄んだ瞳をむけてくれている。
中には、ヤンチャな子や、おとなしすぎちゃう子。
モンスターペアレントな親を持つ子。
裕福な家の子。施設の子。
子供達の背景は色々あるけど、教室の中ではみんな平等に。
僕は色眼鏡で子供達を見ないようにと気をつける。
もちろん変わった名前の子も読みやすい名前の子も。
子供の名前は親からの一方的な贈り物。
親からつけられた名前には並々ならぬ願いや由来もあるけれど、自分の名前になったからには自分なりに納得できる解釈に変えちゃっていいんじゃないかと思ってる。
だから、僕の『瞳』って名前はいつまでも、この目の前の澄んだ瞳を濁らせないように手助けするための名前なんだと思っている。
予定日よりも2週間も早くに来た陣痛。
よりによって、夫は突然の出張。一泊するだけだからと、今朝早くに飛行機に乗ったばかり。
悪天候は天気予報でわかってた。
もう、産休に入っているし、家でのんびり過ごしていれば大丈夫なんて油断してた。
昼過ぎにはテレビで災害の情報、台風の進路予想。避難を呼びかける地域。
片道1時間の実家には来週に帰ればいいかって思ってた。
何もかもが油断してた。
出産予定の産院は実家の近く。
痛みの波が少しずつ感覚が狭まる。
心配のあまり、実家に電話した。
「今から迎えに行くと言う母。産院に電話しろという父。」
母には少し待ってもらって、産院に電話したら折り返し連絡すると言って電話を切る。
途端に今までのものとは何か違う下腹部の痛み。張り。
ぐっと波が治るのを待つ。
脂汗が吹き出す。
産院に電話をかけると救急車を呼ぶように言われた。
初めて119に電話する。
事情を伝えるとすぐに来てくれるとの事で一安心。
次の痛みの波が来る前にと入院セットを取りに行く。
一歩一歩が慎重になる。
手元の電話は119に繋がったまま。
今の私には命綱のようで母には申し訳ないと思いながらも切る事はできない。
入院セットの前に来た時に痛みと同時に部屋中がピカッと光る。直後、部屋中が暗闇になり命綱の通話も切れているようだ。
どうしよう。
絶対絶命なんて言葉が頭をよぎるけど、お腹の子のために絶命はできない。
携帯は圏外。しかも電池切れ。どちらが原因だろうか。
のんびりとネットサーフィンなんてするんじゃなかった。
痛い。痛すぎて苦しい。痛すぎて吐きそう。
たくさんの弱音が声にも出せず涙になる。
怖い。暗い。不安。
どうしたらいいかわからない。自分のバカさに呆れ情けなく、こんなお母さんでごめん。
声には出さず、そっと膨れたお腹に手を添える。
とにかく、動かずじっとその場に座り込んでいたが、それすら辛くて、床に直で横たわる。
硬いし、体が冷えそう。
グッとチカラを入れて格好悪いけど四つん這いのポーズ。とにかくお腹は冷やさないように。この子だけはと必死。いや、死にたくない。
そうこうしているうちに、雷鳴の間に聞こえる救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
もう、大丈夫。
この子も私も助かる。
こんな最悪な状況を2人だけで乗り越えた。
まだ見ぬ我が子と強い絆が繋がれた。
この子が生まれて、どんな酷いことがあっても私達なら乗り越えられる。絶対に。
どんな嵐がこようとも。
「コレが最後の祭りのようですなぁ」
隣に立つ黒服にしか聞こえない声でいう。
『そうですね』
花火は上がらないけれど、出店のように並ぶ受付。
どデカい祭壇。
菊の花は目についた物を全部買い取って全て並べたようで、気品なんかあらしまへん。恥ずかしい。
気高く生きてきた私への冒涜か。
私、遺言にも密葬とは言わへんけど、うちうちにしてなるだけ小さいもんを。と書いたんに。
「こら、あきまへんな。子供達が大変やわ」
『そうでしょうね。』
私の家は古い古い家柄で、だから何だと言われたら、しがない印鑑屋。
別に判子売って生計をたてとるわけやない。
古いからこそ。博物館やら展示会なんかで昔の判子をお貸しして展示していただいてお金をいただく商いの家。
長く続いた家系の末、長男だった父から生まれたんは私1人。一人娘として、箱入りで育てて貰いながら、あくまで経営者として学も学ばせていただきました。
ありがたい事に、私は経営の手腕はあったようで、20代のうちに父の右腕になれました。
そんな私を見初めてくださったんが、とあるデパートの次男さん。
デパートの展示会の時に、私の仕事ぶりを見て惚れてくれはったらしい。
次男ということで、我が家の養子になってくれはるならと、結婚の話はとんとん進んで、気がついた時には一棟のマンションを持参金に我が家の婿さんになりはった夫。
この夫がボンクラで、金持ちボンボンのお坊ちゃん。
作法も何もあらしまへん。
商売のイロハもわからしまへん。
ただただ家長の座におるだけのお飾り。
私に子供ができた頃には、夫の持参金のマンションに住む私の階より上の階に愛人囲っておりました。
仕事で主人を出さんとならぬ時は仕方なしに出てもろうても恥晒しもええとこで、なんの役にも立たぬ。腹もたちましたが、建前もありましたし、我慢の妻として株も上がりましたし、よしとしましょう。
私の父が天に旅立ち、母も後を追うように亡くなって、夫は阿保に磨きをかけて傍若無人な行動で、社員さんや業者さんを困らせよって、頭を下げ続け胃の痛い日々でした。しかしながら、夫ボンクラでしたさかい、夫の持参金のマンション以外の財産を管理する会社を作って、子供と私だけの会社にしました。夫はソレと知らずに私の財産はいずれ自分のものになると信じてはったようですね。
元ある会社の名前での私の葬式。
ゆかりのある会社もたくさんいらしてくださいまして。ありがたい事にたくさんの香典や花をいただいている私の葬式。
ここらで一番の大きな葬儀場に何人もの坊さん呼んで、立派な葬儀をしてくれてはります。
どこから葬儀代を出す算段をつけとるかわからしまへん。
夫の愛人さんも、何を考えてか喪服で親族席に座って、図々しい。
綺麗なイミテーションの真珠の耳飾りがお似合いだこと。
ガラス玉の数珠もこの業界の人ならわかるような安物で。
私の最後の祭りの葬儀の見所は、この後だろうとは思うけれど、抜かりなく財産は子供に。
後継は子供だけ。
死後離婚の手筈は済ませているけれど、遺留分すら惜しいと思う私は鬼でしょうか?
夫の不甲斐なさは皆様の知る所に多分にございますよって、商売の分かれ道は我が子に託しました。
印鑑なんて、見せるだけの価値しかないものばかりの装飾品。売ればひと財産にはなるでしょうが、使うも売るも子供しだい。
アホな夫にその権利だけはやりません。
その信念だけで、闘病生活、死期の先延ばし。
コレを恨みと言う人もおりますが、それでも先祖が残してくれたもんを無様に阿呆に使わせたくなかったのです。
あの、阿保のやった最後の祭りは私の葬儀。
夫のこさえた借金は夫の持参金のマンション売ればなんとかなるでしょうて。
子をくれたあの人へのささやかな、温情。
あとは悔いて生きなはれ。
子に頼っても断れなはれ。
阿保な夫は、阿保のままで、私の葬儀代すら稼ぐ事は叶わんでしょう。
夫がどう生きて、どう死ぬか興味はありまへん。
ただ、私の最後の祭りとなった葬式の喪主として、あの阿保が立っておるのが悔しいが、これが夫の最後の花舞台やと思えば我慢もしてやりましょう。