未来への船
「三途川渡船場へようこそ」
チケット売り場にいるおばさんが言う。
死んだら、三途の川に鬼がいたり、天国への階段があるのかと思っていたけど、まさかのチケット制
1、植物コース(生息地は選べません)
2、鳥コース(飛べるとは限りません)
3、魚コース(種類は選べません)
4、爬虫類コース(種類は選べません)
5、哺乳類コース(人間以外の動物になります)
6、似たような生涯コース(元と同じ生物とは限りません)
7、人間確実コース(生息環境選べません)
「どのチケットになさいますか?おすすめは『植物コース』と『似たような生涯コース』が空いています」
鳥、魚、爬虫類、哺乳類が不人気なのはなんとなくわかる?かな?
人間は確実でも発展途上国とか貧困国は嫌だから、わからんでもない。
「おすすめの理由を教えてください」
おばさんはパソコンをカチカチとゆっくり操作しながら面倒くさそうにちらりとこちらを見て言う
「そりゃ、空いてるからですよ。次の生をもらうのに、たんまり待つのは嫌なんでしょう。植物はだいたい元植物がなるからなかなか良い生涯なんでしょ。他の生物からも人気ありますよ。似たような生涯も、悪くないと思いますがねー。どーせ記憶なんかなくなるのに、同じじゃ嫌だって贅沢言う奴が多いもんで船着場が空いてるんですよ。」
ほー。なるほど。確かに、選べるなら違う生涯が選んでみたいがなぁ。
「そういえば、徳を積んだら次の世は良いものになれるときいて生きたのですが…」
「あーあー、聞き飽きたわ。誰がいい始めたかわからんけどね。人間してたものがよく言うわ。人を助けたとか、頼られたとか。知らんがなですわ。勝手に美徳とか道徳とか流行りみたいに作って、あれやっただこれやっただ。とか。あと宗教?随分と昔に作ったやつ。なんだかんだ勝手に作って解釈して、都合よく書き換えて。こちらからはなーんも言うとらんのに。迷惑千万」
…
「あー、あと誰それに会いたいとか無理ですから。よく言われるけど、お互い記憶ないのに。こちらもそこまで配慮した配置は無理ですからね」
…っと、そっけないおばさん。
早く行き先を決めろよって圧がすごいけれど、簡単に決められるわけない。
モゴモゴとしていると、
「あー!もういい、あんた並び直しね。最後尾に行って」
っと『並び直し②』と書かれた紙切れを渡された。
君と見た虹
初めて来た場所ってわけではないけれど、泊まるホテルを変えればそれなりに目新しさはある。
君とはそれなりに長く付き合っているから、新鮮味はないけれど、安心感はある。
雨に降られて来た事を少しだけ後悔しつつ、雨が弱くなった外の風景をホテルの部屋から眺める。
「綺麗だね」って君が指差した雲。目を凝らしてみれば曇天の虹。付き合いたての頃なら「綺麗だね」って本心で言えたのだろう。
どうみても、綺麗ではない虹。
「うん。そうだね」
精一杯の相槌。
こうして、些細な温度差を感じるたびに、付き合いを続けてよいものか。ふと、考える。
もう少しで30歳。押すも引くも焦りは禁物。だが焦る。
ひそかな想い
あなたはいつも同じ時間にいなくなる。
だから、その時間は大嫌い。
窓からあなたが見えなくなるまで見送ってるの気づいてる?
帰ってくるのはいつもマチマチで、毎日、まだかな?そろそろかな?って待ってるの。
たまに、一日中一緒に居られる日があるから、そんな日はあなたを休ませたり楽しませたりして頑張ってるのよ。
それは、あながどんなに遅く帰ってきても私を「さんぽ」に連れ出してくれるから。
私、「さんぽ」が大好きなの。
本音を言えば、あなたがいつも居なくなる方の道に連れて行って欲しいんだけど。いつもあなたは違う方へ私をつれていくのよね。
女心を学んで欲しいけど、大好きなあなたが選んでくれる道に文句言わないわ。
毎日、よその犬に浮気してないか確認してるけど、どうやら今のところは大丈夫ね。
あなた、私の事「可愛い」って言ってくれるし、「おりこう」って撫でてくれる。
そんなあなたが大好きよ。犬だから言えないけれど。
あなたは誰
「あら、こんにちは。いらっしゃい」
そう言ってズズズと音を立てながら椅子に促されて座る。
「今日は雨が激しいのにわざわざありがとうございます」
そう言って老婆もベッドに腰掛ける。
「いかがなさいました?」
そう言って不思議そうに僕の顔をまじまじ見る老婆は、『あなたは誰?』と言わんばかり。
僕は「近くに居たので雨宿りがてら寄らせてもらいました。」
そう言ってにっこり笑う。
「そうでしたか。あぁ、そう言えばコレ、コレどうぞ。大したものでなくてごめんなさいね。」
そう言いながら、枕元にある戸棚から出して渡されたチョコボール。
クチバシの付いたチョコレート豆菓子。
「どうもすみません」
涙が出そうなのを堪えて喉が熱くなる。
「いえいえ、あなた、私の夫にも息子にもよく似ているものですから、ついね。同じ物が好きなんじゃないかって。」
老婆…私の母は私が幼い日の家族写真に目をやる。
「ほんと、よく似てるんです。ごめんなさいね」
ニコニコと愛想笑いの母に。
「いえ、とても嬉しいです。」
そう言うのが精一杯のぼく。
大学で上京してから、まともに帰らなくてごめん。
施設に入れっぱなしでごめん。
もっと一緒に過ごしたかった。
忘れられたくなんてなかったよ。
輝き
私、結婚した事ないし、子供もいません。
別に今時の普通かもしれませんが、私70歳。
若い頃は普通じゃなかったんです。
でも、私は子育てのプロですよ。
教師でしたから。
もう、半世紀近く教育と子育てに関わってます。
定年で退職した後は子育てのサポートできるお仕事をしています。
現役ですよ。
子供はヤンチャも真面目も反抗期もみんな可愛いと思えるようになりました。
そりゃ、渦中はそれどころではありませんし、真っ当な道を歩めるように自分の持っている時間は全て子供達にと励んでおりました。
子供達の事ばかりを気にしていて気が付かなかったんですよ。私は。
子供がつまづいた時、悪かった時、そんな時を乗り越えてね、「ありがとうございました」って挨拶に来てくださる親御さん。
あんなに、輝いた笑顔は子供にはできません。