Machi

Open App
5/27/2024, 11:40:57 AM

「天国と地獄、行くならどっちが良い?」
もう2人しかいないオフィス。キーボードをカタカタと打つ音だけが何時間も鳴っていた中、先輩は言った。
「…なんですか?かかりくさのない。」
「いやあ、ふと気になって?」
この先輩は俺の教育係に配属されてから、俺が教育かかりになっても尚ずっと隣のデスクに座っている。
そしてたまに二人きりになる残業の時間、突発的に質問を始める。
「またそれですか…。天国と地獄でしたっけ?」
「うん。ちゃんと考えて答えてね〜」
2人共口だけ動かし、手はしっかりキーボードを叩いている。この作業にももう慣れたものだ。
資料を作成しながら俺は考える。
天国と地獄。入社前の俺なら即決で天国だっただろうが、俺はもうこの変な先輩のことをわかっている。嘘でも熟考の末出した結論じゃないと納得しないのだ。
天国を想像する。全体的に白や黄色のイメージで、裸の子供の天使が矢を持って飛んでいる。不思議と人がいるようには思えない。俺は天使には詳しくないから、セラフィムやケルビムと言った名前のついているだけの全身真っ白なイケメンを配置しておく。そして奥へ進んでいくと、アダムとイブが禁断の果実を口にしてしまった原罪のきっかけとなった木が見えてくる。
次は地獄を想像した。赤や黒。芥川龍之介の蜘蛛の糸を読んでいるときに想像したものや、幼い頃絵本に出てきたものを脳内で再構築する。血の海、針山、舌抜き、体を引きちぎろうとする鬼。そして陰鬱な表情で真っ白の服に三角の布を頭につけた人間が長蛇の列を作っている。全員、自分が裁かれ天国へ行けるのがいつかいつかと待ち望みながら徐々に希望を失っている。
交互に天国と地獄を思い浮かべる俺を先輩はニヤニヤと笑いながら見ている。
その様子を見ていると、この正体不明で摩訶不思議な上司を戸惑わせてみたいと思った。
「…あんたは、どっちなんですか。」
質問に質問を返したのが初めてだったからか先輩は少し面食らったあと、んー、と言いながら考える素振りを見せた。
「…地獄、かなあ。」
手を止めて、俺にはさんざんもっと考えてから答えてよなんて言うくせに5秒で答えを出した先輩を見る。
「なぜ。」
「えー?この残業自体地獄みたいなもんだし、これより酷いってならもう体験してみたいくらいだから。」
言い終わり勝手に満足した先輩は、デスクの恥においてあるミンティアを5つほど食べた。
そしてまた5つ出し、俺に差し出す。
「…どうも。」
受け取り、ボリボリと食べながら思考する。
先輩は地獄へ行くのか。
ミンティアが口の中で溶けてなくなったと同時に俺は、答えを出した。
「決まりました。」
「お、どっちー?」
ヘラヘラしている先輩の顔に、真正面に向き合う。
「………………………両方、です。」
長い沈黙。
蛍光灯の音やパソコンのモーター音がよく聞こえるほどの静寂が、何秒も続いた。
「………なぜ?」
先輩は笑顔を消し、不可解なものを見るような熱い視線を俺に向ける。
俺の言葉がクリアなまま先輩に届くよう、深呼吸する。
頭が熱い。声が震えそうなのに気づかないふりをして、言った。
「あんたと一緒なら、天国と地獄も行ってみたい」
目を見開く。口をぽかんと開ける。数秒して、頬を染める。
先輩の表情や顔の動きが、鮮明に見えた。
「…それは…、その、……」
普段からペラペラと御託を並べる先輩が、今、初めて、俺によって狼狽し言葉を紡げないでいる。
俺は先輩から目を離さないように、じっと見る。
思えばずっとそうだったんだ。俺はこの人を、無意識の域ですら戸惑わせ、狼狽させ、当惑させたいと思っていた。
誰に何を言われても軽やかな蝶のように躱して、海月のように揺蕩うこの人を。
俺の手で、それを壊してみたかった。
未だ口をハクハクと動かすだけの先輩を、見つめる。
これがどんな結果になるか分からない。
だが分からずとも、やらなければならなかった。
例え嫌われても突き放されても、俺は。
だから、それを承知の上だから。
先輩は決心したような目で俺を見て、真っ赤な顔のままその口を開いた。

5/26/2024, 2:13:26 PM

静かな夜。
私がバルコニーへ出ると、少し後ろから貴方が声をかけてきた。
貴方はいつも通り柔らかな笑顔で私を見ている。
柵の上に手を置いて大きな月を見上げた。
貴方は安心させるように、私の手に自分の手を重ねてきた。
静かな、静かな夜。
鳥の鳴き声の虫の音、木の揺れる音と葉の擦れる音しかしない夜。
この静かな日々が続きますように。
そっと、月に願いをかけた。

5/25/2024, 12:57:16 PM

降り止まない雨が、私の頬を濡らす。
風がビュウビュウと吹く中、私は高層ビルの屋上にいた。
父も母も死に、プロポーズ目前だった彼氏に浮気され、会社の上司にプレゼンを潰され、心の支えだった猫も今日帰ったら息がなかった。
生きる希望がない、という言葉が今の私にそっくりだろう。
雨がスーツを濡らしていくが、ブラウスや袖は既に涙でびしょ濡れだ。
もう何時間こうしているだろう。もしかしたらまだ希望があるのではないかなんて言う無謀な望みが脳裏に残っているからか、一歩踏み出せば楽になる現実に目を合わせられないでいる。
私はフェンスの外側に腰掛け、足がぶらつくのをぼーっと見ている。
何の価値があるのだろう。親戚も居なければ家族は死に絶え無縁仏まっしぐらで、社会の役にも立たない人間に。
黒雲のせいで真っ暗な空をふと見上げる。
前髪が風でバサバサと揺れる隙間から、一筋の光が見えた。
あっという間にその光は広がり、雨を晴らした。
まるで溢れる希望のように。
私は座り過ぎて痛む足で立ち上がりフェンスの内側に超えて、会社のカバンを持った。
そして少し振り向いて、残酷なまでに美しい世界を見渡す。
今日は会社を休もう。明日からまた出勤しよう。
私は知った。
いや、知っていたのだ。大昔、小さな頃から。
それを見失っていただけで。
降り止まない雨を、晴らせることを。

5/24/2024, 12:18:46 PM

あの頃の私へ。

今君は好きな人に告白しようとしてるよね。
付き合えるよ。
でも、積極的に行動するのが恥ずかしくて2人共消極的になるよね。最悪の関係になるよ。
死ぬほど積極的になる覚悟ができてから、告白しよう?

5/23/2024, 10:10:28 AM

貴方の第一印象は、気味が悪くて、ベタベタしてくる変人。
だけど、私を愛しているのは本当で。
今は嫌い、会いに来るなとばかり言ってしまっている私が言うのはなんだけどー、

きっと私は、貴女から逃れられない。

Next