Machi

Open App
1/6/2025, 10:51:51 AM

【君と一緒に】


星を見た。
その日は流星群で、どうしても見たかったから。
俺はこっそり学校に侵入して、警備員が来ないよう細心の注意を払って教室に辿り着いた。
涼しい夜なのにも関わらず、緊張で汗が滲むシャツが鬱陶しかったのを覚えてる。
この扉を開ければ、俺だけの世界だ。
歓喜に震えながら俺は、ドアノブに手をかける。
ずっと、息苦しかったんだ。窮屈で息が詰まりそうな苦しみに囚われながら俺は、平然としたふりをし続けていた。
扉を横に開けた。普段と変わらないはずのその動作でさえ、俺を特別にする。
床に落ちた匂い。壁に張り付いた空気。
それらを感じて初めて、この世に俺の世界なんてなかったんだと知った。
「…天崎くん?」
透き通った声が、俺の名を呼ぶ。
「あ……天野?何でこんなところにいるんだよ」
先客がいるなんて聞いていない。変な汗が背を伝う。
「私は…この時間はいつもいるよ。天崎くんこそ何でこんな時間に学校来たの?」
天野はいつもクラスの人気者。勉強も運動も申し分ない、成績優秀な学級委員程度の印象しかない。対して俺は全てにおいて平々凡々。特筆すべき事項はない。
俺と天野に特別な関係なんてなかったし、これからもないはずだった。
「…俺は……」
言葉が喉の奥に支えて出てこなかった。
何で天野はここに居る?俺と同じ目的か?いや違う。いつも居るなら、そんなわけがない。俺を理解できるはずがない。
「別に…無理に言わなくてもいいよ。…私は疲れを取るためにここに居る。…いつも、疲れてるから」
自分の心音がよく聞こえた。速くて大きい、動悸を隠しきれていない俺の心臓。
気付いていた。天野の、ふとした瞬間に見せる疲労と焦燥感を帯びた感情に。完璧に疲れた表情に。
多分、俺だけが。
「俺は…どうしても、見たかったんだ」
口が勝手に動いた。天野は座っていた椅子から立ち上がり、俺の同じ目線に立つ。
いつものような、貼り付けた笑顔はない。
「この景色が、見たかった」
暗い夜空を、星が駆ける。風が吹き、カーテンが揺れる。
俺がいつも息苦しい世界と、天野が疲れ切った世界と変わらない構図の、全く違う世界。
天野は、心の底から安心しきったように笑った。

12/27/2024, 6:28:07 AM

【変わらないものはない】

変わらないものはないと言っていた君は、ある日突然魂を捨てた。
何でだよとは言えなかった。君が普段から言っていたことだから。
でも、それでも願ってしまう。
変わらないものだってあったはずだと。
君は絶対に否定するだろうけど、僕は信じ続ける。
僕の君への思いは、この先もずっと変わらないままだと。

12/26/2024, 9:58:33 AM

【クリスマスの過ごし方】


〈クリスマスだし、一緒に過ごさない?〉
〈空いてる?買い物どう?〉
〈遊ぼうよ〜〉
〈聖夜はやっぱり俺と過ごすべきじゃない?〉
昨日、沢山の人から来ていた誘いのLINE。
横目に見て下にスクロールしていきながら、琥珀色のカクテルを呷った。
「沢山お誘いがきていたんですね」
「まあね」
所謂ところのバーのマスターが、追加のカクテルを注ぎながら言う。
「良かったんですか?もう日付が変わりましたよ」
私とマスターだけの、静かなバー。
私はカウンターに体を預ける。時折体を少し起こして、もう何杯目か分からない酒を体に注ぐ。
「…なんか……疲れたんだよね。男と会うの。」
職業柄、男の相手をすることは多い。だが最近は億劫になってしまった。
「バーのマスターに性別はありませんか?」
「マスターって性別でしょ。」
気取ったジャズがゆっくりと頭に響く。マスターの声だけが私の脳内にはっきりと聞こえる。
「そうですか。」
12月26日の1:30を指す小洒落た時計を横目に、ふと違和感を覚えた。
「…今日は閉めないの?」
バーにしては珍しく、1:00にはClothの看板がドアの前にかかる店だ。いつも延長してよ〜と強請っているから、間違えるはずはない。
「もう閉まっていますよ。」
「…」
グラスを、まるで人でも扱うかのように丁寧な手つきで拭きながらマスターは言う。
軽く体を傾けて、もうずっと歪みっぱなしの視界の中ドアの向こうを見る。微かにclothの看板が見えた。
「私はお客じゃないの?」
「お客様を一人残して店を閉めるのは、貸し切りという意味ですよ。」
マスターの顔がよく見えない。流石に飲みすぎたと思うが、後悔はない。
「…マスター」
「はい。」
いつもの掛け合い。私が呼んで、マスターが答える。
「私とクリスマスを過ごしてくれてありがとう」
今日初めて、ようやくマスターの顔が見えた気がした。
「…貴方が良ければ来年も一緒に過ごしますよ。」

11/14/2024, 12:04:36 AM

『また会いましょう』



「また会いましょう」
いつか私にそう言っていた貴方と会うことは、二度となかった。
一度も、会いに来てはくれなかった。
その言葉は今も私の体に絡まり、重い鎖として未来を妨げている。
たった一度の出会い。たった半日一緒にいただけ。
それなのに貴方は、私の人生を揺るがした。
もし私に願うことが、祈ることが許されるのなら。
私の祈りは一つだけだ。

11/2/2024, 11:55:34 AM

【眠りにつく前に】


貴方が私を愛するならば
私も貴方を愛しましょう
貴方が私の世界を憎むのならば
私が貴方の世界を壊しましょう
貴方が私より先に眠るのならば
私は貴方より後に眠りましょう

私は貴方の横に座って、冷たくなってしまった真っ白な貴方の頬を撫でる。
そしていつの日か貴方と読んだ詩を静かに呟いた。
私はドレスを涙に濡らして、横においてあった小さなナイフの柄を握る。
「…貴方と…」
声が掠れる。不思議と、恐怖はない。ナイフに月明かりが反射して、美しい夜を映し出す。
どうしても伝えたいことがあった。何度も言おうとして、何度も言えなかった。口を噤んで、その度に自分の決断で私や貴方を殺してきた。
ナイフの刃を喉に触れさせる。じわりと痛みが広がって、ドレスの襟が赤に濡れる。
私は。
大切な貴方と。
優しい貴方と。
私を愛してくれた貴方と。
私に光を与えてくれた貴方と。
あの詩を読んでくれた貴方と。
あの詩を美しいと伝えてくれた貴方と。
「明日を、迎えてみたかった」
私はその輝く鈍色で、また私と貴方を殺した。

Next