『また会いましょう』
「また会いましょう」
いつか私にそう言っていた貴方と会うことは、二度となかった。
一度も、会いに来てはくれなかった。
その言葉は今も私の体に絡まり、重い鎖として未来を妨げている。
たった一度の出会い。たった半日一緒にいただけ。
それなのに貴方は、私の人生を揺るがした。
もし私に願うことが、祈ることが許されるのなら。
私の祈りは一つだけだ。
【眠りにつく前に】
貴方が私を愛するならば
私も貴方を愛しましょう
貴方が私の世界を憎むのならば
私が貴方の世界を壊しましょう
貴方が私より先に眠るのならば
私は貴方より後に眠りましょう
私は貴方の横に座って、冷たくなってしまった真っ白な貴方の頬を撫でる。
そしていつの日か貴方と読んだ詩を静かに呟いた。
私はドレスを涙に濡らして、横においてあった小さなナイフの柄を握る。
「…貴方と…」
声が掠れる。不思議と、恐怖はない。ナイフに月明かりが反射して、美しい夜を映し出す。
どうしても伝えたいことがあった。何度も言おうとして、何度も言えなかった。口を噤んで、その度に自分の決断で私や貴方を殺してきた。
ナイフの刃を喉に触れさせる。じわりと痛みが広がって、ドレスの襟が赤に濡れる。
私は。
大切な貴方と。
優しい貴方と。
私を愛してくれた貴方と。
私に光を与えてくれた貴方と。
あの詩を読んでくれた貴方と。
あの詩を美しいと伝えてくれた貴方と。
「明日を、迎えてみたかった」
私はその輝く鈍色で、また私と貴方を殺した。
【カーテン】
カーテンが揺れる。
穏やかな風が流れ、頬を撫ぜた。
明日もこんな風が吹けばいいねと、君は笑った。
【踊りませんか?】
綺麗な夜。
こんなに月が青い夜は、不思議なことが起きると小さい頃から教えられて育ってきた。
信じたことなんてなかった。どうせ嘘でしょと何度も告げた。
私は今それを、撤回する。
目の前にいる、まるで王子のような男。
眉目秀麗、見惚れてしまう程美しい顔を持つ男が、私なんかに。
問いかけていた。
「私と踊りませんか?」
【巡り会えたら】
「もしも……もしもの話だよ?」
穏やかな午後。風が白いカーテンを揺らす。
「…僕がもしも話を嫌いなのは知ってるだろ?」
僕は君の柔らかな髪を櫛で梳かしながら、呆れ半分に言った。
君は黄色の薄い花柄と、赤い糸のステッチが可憐なワンピースに身を包んでいる。一秒一秒、見惚れてしまう。
「ふふっ。…もし、今日私が死んじゃったとしてね。自殺じゃないよ、事故で。そしたら、転生できるでしょ?」
窓から、大きな玉が見えている。青と緑がまだらに描かれていて、私達はそれを【チキュウ】と呼ぶ。
今日は霞がかっているから、あまり綺麗には見られない。
君はそれを酷く愛おしそうに見つめながら言った。
「私はあそこに生まれたいな。あの美しい星に…」
いつもそうだ。君は【チキュウ】を愛し、憧れている。次はあそこに生まれたい、あそこに行きたい、あそこに触れてみたいと。
僕はその度、困ったような顔をするしかない。
「…だからもしも話は嫌いなんだ。君が死ぬなんて…考えたくないし、君がどれだけ【チキュウ】に行きたいと望んでも、それを叶えてあげられないから。」
君のもしも話はほとんどが【チキュウ】の話だ。
「だからこのもしも話をしてるの。ちゃんと聞いてよ。」
ぶすくれたように頬を膨らませる君はとても可愛らしかった。愛おしさが心を覆っていく。
「【チキュウ】に生まれて、平和なお家で育って愛をたくさん知って…。……そこであなたと巡り会えたら、花になりたいんだ。」
手が止まる。僕は驚きを浮かべずにはいられなかった。…君の未来に、僕もいるのか。
ふふっ、驚いた?と君は意地悪そうに笑う。
「花になりたいなんて、突拍子もないよね」
そうじゃない。そうじゃないんだ。
体が動かない。こんなに驚いたのはいつぶりだろうか。
「花になって、風に揺られながら…偶に雨に濡れて、太陽が照らしてくれるの。それってきっと、とっても理想的なことよ。」
君はたおやかな笑顔で微笑む。見惚れて、気づいて、咄嗟に口を動かした。
「…………僕と、二人?君一人じゃなくて?」
僕は君のもしも話が嫌いだった。君のもしも話に、未来に、僕は居ないから。
「え?勿論。だって一人じゃ寂しいし、一緒にいるならあなたがいいから。」
髪を梳かし終わったのに気が付き、君は立ち上がった。
玄関へと向かう。僕は君が忘れた鞄をすぐに追いかけて渡し、見送る準備をする。
「巡り合えたらいいね、未来でも。」
君は酷く優しい顔をして扉を開く。そして、僕の心を抱き留めるように言った。
「それじゃあ、行ってきます」