【約束】
「約束だよ」
そう笑った君は思ったより早く、呆気なく、死んでしまった。
もう君の棺の前で泣いていた僕じゃない。でも、今もこうして君のことを忘れられずにいる。
あの日。ひたすら蒸し暑くて、夏の匂いがした日。
君は僕に言ったんだ。まるで全ては決まっていたかのように、どう足掻いたって変えられないことのように。
「私、好きなんだ」
一緒に横断歩道を渡っているときの言葉。
主語がなくて僕が一瞬ドキッとしたのは、きっと君も気付いていた。なぜなら、君は悪戯っぽく笑ったから。
「この花が。」
君は腕の中にある一輪の花を見つめながら言った。
愛おしいものを見るような目を向けている様子に僕が見惚れてしまったのには、きっと君も気づかなかっただろう。
なぜなら、君がもう一度僕の顔を見る前に車に轢かれたから。
彼女のお墓の前に、一輪の花を添える。
「お父さーん、今年もまたその花なの?飽きちゃうんじゃない?」
僕と、妻の子。君じゃない人との子。事実、君と僕の間に恋愛関係があったかと言われれば、そんなことはないんだけど。
健やかに育っている娘が、不満そうに言う。
「約束なんだよ、この子との。」
あの日。ひたすら蒸し暑くて、夏の匂いがした日。
君は僕に言ったんだ。まるで全ては決まっていたかのように、どう足掻いたって変えられないことのように。
「私に毎年、この花を頂戴。」
何でって、僕は聞いた。君と僕は付き合ってたわけじゃない。ただお互い、一生二人でいるつもりだったってだけで。
「私、好きなんだ。」
だから、そんなことまでしてあげる義理はないと思っていた。
「この花が。」
僕はきっと、約束を守り続けるだろう。
「約束だよ」
そう笑った君の笑顔を忘れるまで。
3/4/2025, 11:50:07 AM