Theme:神様へ
神様。
どうか雨を降らせてください。
干ばつが続き、村は壊滅寸前だった。
話し合いの末、神に生け贄を捧げることにした。
神に捧げる御子は、胸に特徴的な痣を持つあの子を選んだ。
あの子の両親を『説得』し、無邪気な笑顔を向けるあの子の手を引いて、神様にもっとも近い場所であるあの丘へと連れていった。
その後、数ヵ月ぶりに雨が降った。
これまで続いていた暑さが嘘のような、氷のように冷たい雨だった。
神様の恵みなのか、あるいはあの子の涙なのか。
どちらにしても、私たちは救われた。
神様のご加護の、あの子の犠牲によって。
それ以降、かつて村があったこの地では季節外れの冷たい雨が決まって降る。
その謂れを知っている人間も今ではほとんどいない。
雨の降る日は、私は今では公園となったあの丘へ向かい、手を合わせる。
それが代々の地主であり、一族の末裔である私たち子孫に課せられた贖罪だから。
Theme:君の目を見つめると
君の目を見つめると、泣きそうな顔をした私がゆらゆらと揺れていた。
深い紫の瞳は、風に揺れる湖面のようで。
君の目にも涙がたまっていることに、ようやく気づいたよ。
君の目に見つめられると、私の苦しみが溶けていくような気がする。
君の瞳の奥底へ。深く優しい忘却の中へ。
でも、君の目はまだ凪ぐことのない水面のままだ。
そうやって、君は悲しみをたった一人で引き受けているの?
君は孤独に、どんな悲しみと戦っているの?
今はまだ分からない。
でも。いつか、きっと。
私はまた君に会いに行くよ。
君は一人じゃないんだってことを、伝えるために。
Theme:大切なもの
強くなるには大切なものなんてない方がいい。
守りたいものがあると、それが弱みになってしまうから。
それが貴方の口癖でしたね。
案外、当たっているのかもしれません。
大切なものを守ろうとした私は、現に血塗れで貴方の腕に抱かれているのですから。
でも、私は大切なものがあるからこそ強くなれました。
貴方の存在が、貴方の理想を叶えたいという想いが、私をここまで連れてきてくれた。
大切なものが人を強くすることだって、あると思いますよ。
これはあくまでも私の考えです。
貴方は貴方の思う方法で、強くなって理想を叶えてください。
大切なものなんて、貴方にはないんでしょう?
だから、私がいなくなっても、悲しまないで。歩みを止めないで。
足枷になってしまうなら、私は貴方の大切な存在になれなくていい。
最期に感じたのは、頬に落ちる雫の暖かさだった。
Theme:ハッピーエンド
あなたに会えて本当によかった。
あなたは私の光だ。あなたが隣にいれば、私はそれだけで満たされる。
あなたの笑顔が、私の幸せ。あなたの笑顔さえあれば、私は他に何もいらない。
あなたに出会うために私は生まれてきたんだと、本気でそう信じている。何よりも大切な宝物。もう離さない。絶対に失いたくない。
私たちの出会いは、運命だと思うから。
幸せな結末こそが、私とあなたの物語に相応しいと思うから。
だから。
私はあなたとの物語を、ここで終わりにすることにした。
「どうして?」ってそんなに不思議?
簡単なことだよ。童話はみんな幸せなシーンで終わるじゃない?
でも、現実は違う。時間はすべてを変えてしまう。
あなたの心も、私の心も、季節が移ろうのと一緒に変わってしまうかもしれない。
そんな結末は、私とあなたの物語に相応しくないよ。
だから、ここで物語を終わらせるの。今、いちばん幸せなこの瞬間に。
でも、安心して。あなたは私の記憶のなかで、ずっと生き続けるんだから。
美しい思い出として、永遠に。
私たちの物語はハッピーエンドで終わる。そして、私たちの絆は永遠に終わらない。
だから安心して、私の腕の中でおやすみなさい。
大好きなあなた。
Theme:ないものねだり
平均よりも共感能力の高い彼女はよく私を羨ましいと言う。
「想像しようとしなければ相手の気持ちを拾ってしまわないから、貴方が羨ましい」と。
私からすると、とても贅沢な悩みに思えた。正直に言うとまったく理解できなかった。
相手の気持ちを無意識に察知して、相手が自分に何を望んでいるのかを正確に拾えるなんて天性の才能だ。努力してもそう簡単には身に付かない。
「私は貴方が羨ましいよ。相手の気持ちをじっと観察して想像するのって、すごく集中しないとできないし、やってみても失敗することばっかりだよ」
素直な気持ちを言葉にして返したら、彼女は少し寂しそうに笑った。
「お互い、ないものねだりしてるのかもね」
そんな話をした数日後、暇つぶしに読んでいた短編集にこんな話が載っていた。
音に極度に神経質な男の話。
どんな小さな音でも気になってしまう彼は、常にイヤホンを手放せない。
敏感すぎるのも不便なのかもしれない。
ふと、彼女のことを思い出した。
この物語の彼のように、知りたくもない気持ちを望まずに拾ってしまったら?
音は耳栓で緩和できるかもしれないが(尤も主人公はイヤホンでも不十分だったようだけど)、気持ちを遮断できる栓はない。
常に相手の望みが見えてしまったら、今の自分の振る舞いが相手の望みに従っているのか自分の意思でやっていることなのか、分からなくなってしまうのかもしれない。
……この考えに辿り着くまで、実は相当時間がかかったけれど。
「たぶん、お互いないものねだりしてるんだろうね」