Theme:ないものねだり
平均よりも共感能力の高い彼女はよく私を羨ましいと言う。
「想像しようとしなければ相手の気持ちを拾ってしまわないから、貴方が羨ましい」と。
私からすると、とても贅沢な悩みに思えた。正直に言うとまったく理解できなかった。
相手の気持ちを無意識に察知して、相手が自分に何を望んでいるのかを正確に拾えるなんて天性の才能だ。努力してもそう簡単には身に付かない。
「私は貴方が羨ましいよ。相手の気持ちをじっと観察して想像するのって、すごく集中しないとできないし、やってみても失敗することばっかりだよ」
素直な気持ちを言葉にして返したら、彼女は少し寂しそうに笑った。
「お互い、ないものねだりしてるのかもね」
そんな話をした数日後、暇つぶしに読んでいた短編集にこんな話が載っていた。
音に極度に神経質な男の話。
どんな小さな音でも気になってしまう彼は、常にイヤホンを手放せない。
敏感すぎるのも不便なのかもしれない。
ふと、彼女のことを思い出した。
この物語の彼のように、知りたくもない気持ちを望まずに拾ってしまったら?
音は耳栓で緩和できるかもしれないが(尤も主人公はイヤホンでも不十分だったようだけど)、気持ちを遮断できる栓はない。
常に相手の望みが見えてしまったら、今の自分の振る舞いが相手の望みに従っているのか自分の意思でやっていることなのか、分からなくなってしまうのかもしれない。
……この考えに辿り着くまで、実は相当時間がかかったけれど。
「たぶん、お互いないものねだりしてるんだろうね」
3/26/2024, 10:29:24 AM