ストック

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3/25/2024, 12:31:49 PM

Theme:好きじゃないのに

彼のことは好きじゃない。嫌いだと言った方が正確かもしれない。
野心家で高慢で、言動が一々鼻につく。自信過剰が服を着て歩いているようだ。
束の間の休憩時間には、私は彼が視界に入らない場所へ行く。
コーヒーを飲むときまでイライラしたくはないからだ。

今日の休憩も、私はコーヒーを持って席を立つ。
何人かが談笑している休憩スペースから少し離れたところでコーヒーを飲んでいると、彼の名前が聞こえてきて思わず耳をそばだてた。
話の内容は、彼の実力を賞賛するものだった。
私はコーヒーを一気に飲み干すと、その場を離れた。

本当は分かっている。
私は彼が好きじゃないのではない。彼が妬ましいのだ。
彼はただ大言壮語を吐いているのではない。言葉に相応しいだけの実力を持っている。
私がどれだけ努力したところで、彼は軽々と私を追い越していく。
それが悔しくて、嫉妬を抱える自分を認めたくなくて、私は彼を嫌うことにした。そうやって自分のちっぽけなプライドを守っている。

意地を張っているのがなんだか馬鹿馬鹿しくなってしまう。
私は席に戻ることにした。
ふと思い立って自販機でカフェオレを買う。
タイミングよく現れた彼に、お疲れ様とカフェオレの缶を放る。彼は突然のことに驚いたのか缶を取り落としてしまう。
転がって行く缶を慌てて追いかける彼の背に小さく笑って、私は席に戻っていった。

3/14/2024, 4:28:50 PM

Theme:安らかな瞳

彼が瞳にあれほど安らかな色を湛えているのを初めて見たような気がする。
周囲の啜り泣きや嗚咽の中、私は「お疲れ様」と密かに呟き敬礼した。


彼は私と同じ士官学校で学んだ中で、軍師の道を選んだ。
私は戦場に立ち兵士達と共に戦う道を選んだが、親交は変わらず時々酒を酌み交わしていた。
いつもは穏やかながらも厳格な彼は、そのときだけは普段は見せない迷いを見せていた。
「私は争いが嫌いだ。味方も敵も命は唯一無二のものだ。それが失われるのは耐え難い」
「だったら、戦場から身を引けばいいのではないか?」
私が彼のグラスに酒を注ぎながら言うと、彼は小さく笑って首を横に振っていた。
「見えないからといって、争い自体がなくなる訳ではない。だから、私は双方の犠牲を最小限にする策を立てて、少しでも早く戦争を終わらせたい」

彼の策のお陰で、戦争は自国に有利に進んでいた。次の戦いに勝てれば停戦に持ち込めるかもしれない。
そんな意気込みがあったのだろう。彼は自ら戦場に立ち戦況を見守っていた。
それがいけなかった。彼は流れ矢に当たってしまい重傷を負った。
にもかかわらず停戦に向けて彼は尽力し、停戦が成立した。

彼はようやく療養に専念するようになったが、彼に残された時間は僅かだった。
一度、彼の見舞いに行ったことがある。彼は上体を起こして外を眺めていた。窓の外には墓地がある。私の部下達の何名かも眠っている。
「…私のしたことは、本当に正しかったのだろうか」
ポツリと零れた彼の言葉に、私は言葉を返せなかった。
そして、それが彼と過ごす最後の時になってしまった。


彼の墓は私が強く希望した公園墓地に建てられた。あまり人が訪れることはない静かな場所で、公園を一望できる。
公園では、子ども達がボール遊びに夢中になっている。風に乗って笑い声がここまで届いてくる。
私は墓石の隣に座ると、ここで眠る彼に話しかける。
「これが君が成したことの結果だよ」

3/6/2024, 8:36:15 AM

Theme:たまには

土曜日の朝7時、私は新幹線の座席に座って駅弁をつついていた。
目的地は有名な温泉街だ。今はオフシーズンだし、それほど混雑してはいないだろう。

家族にも友人にも告げず、少し遠くへふらっと出掛けてみたいと思った。
思い立ってからの行動は早かった。
目的地までの経路を調べて切符を買い、最小限の荷物だけを用意して翌日のアラームをセットする。
そして今に至っている。

それにしても、こんなに衝動に任せた行動に出るのは我ながら珍しい。
どちらかというと、私は行動をする前に計画がないと不安になるタイプだ。
日帰り旅行とはいえ私にとっては大きなイベントに、ほぼ無計画で出掛けたのは初めてだった。

ストレスによる衝動的な行動?同じ毎日の繰り返しに飽きてしまった?それとも…
気がつくと原因分析をしている自分に気づき、私は窓の外に目を向ける。
ビル街からだんだんと畑や山が多くなっていく風景を眺めることに集中する。

どんな理由があるにせよ、たまには普段と違う自分に身を任せてもいいのではないか。
そう思い直すと、私はのんびりと駅弁を楽しむことにした。

3/2/2024, 2:38:12 PM

Theme:たった1つの希望

「すべてのものはいつか必ず終わりが来ること」
それが私が縋る、たった1つの希望。

どんなに辛いことでも、永遠に続くことは決してない。
仕事も、人間関係も、人生も。
いつか必ず、終わりが来る。

終わりが唯一の希望だなんて、あまりにも悲しい。
そう言ってくれた人もいた。
その人との人間関係も、もう終わってしまったけれど。

終わりは確かに悲しいかもしれない。でも、終わりは新しいスタートでもあると思う。
新しいスタートが必ずしも幸せなものではないとは思うけど、少なくとも今の辛さとは離れることができる。

だから、物事に終わりがあるということは、私にとってはたった1つの希望だ。

2/15/2024, 11:58:18 AM

Theme:10年後の私から届いた手紙

18歳の自分へ(自分に向ける挨拶って何がいいんだろうね?)

信じられないと思うけど、これは28歳になった貴方が今の貴方に向けて書いた手紙です。
この頃はSFには興味なかったと思うから、余計に受け入れ難いと思います。
まあ、話し半分に読んでください。

多分、というか絶対に貴方は「未来を知ると不幸になる」と頑なに信じているので、私が今どんな生活を送っているかとか今の情勢なんかは書きません。
「未来を知ると不幸になる」って考え方は、相変わらず変わってないってことくらいは書いてもいいかな。
なので、貴方に伝えたいことを2つだけ書きます。

ひとつは、今しかできないことに思うまま挑戦してみてほしいです。
貴方は大学生になって、大学での居場所を作ろうと必死になってると思います。高校時代が友達に恵まれてたから余計にそうなんじゃないか、とこれを書きながら思っています。
でも、貴方は本当は独りでも十分にやっていける人です。
詳しくは伏せますが、10年後には他人と繋がることはより容易になっています。
だから、居場所作りに必死になるよりも、遊びでも勉強でもいいからとにかくやってみたいことをやるのを躊躇わないでほしい。遊ぶことに罪悪感を持たずに、好きなことをやってほしいです。

もうひとつは、貴方にお礼を言いたいです。
当然、私は学生ではありません。何をしてるかは内緒ですが、とても充実した日々を送っています。それは貴方がいろんな経験をしてくれたからです。これから先、貴方の常識にはなかった物事も色々あるかもしれません。でも、貴方は一生懸命考えて乗り越えてきました。その経験があったからこそ今の私がいます。私が充実した生活を送れているのは貴方のお陰です。ありがとう。
強いて言えば「上手に手を抜くこと」も時には大事だと言わせてほしいかな。

本当は今の技術などの話もしたかったけど、お互い心配性なのでそれはやめておきます。
10年後は、世界も私も色々変わっているとだけ伝えるね。

それじゃあ、よく学んでよく遊んで楽しい学生ライフを送ってください。
10年後に、貴方に手紙を送ってあげてください。

P.S.
大学図書館の地下2階の階段の陰に、実は穴場のデスクがあります。まず先客はいないので、集中したいときにおすすめ!

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