ストック

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Theme:安らかな瞳

彼が瞳にあれほど安らかな色を湛えているのを初めて見たような気がする。
周囲の啜り泣きや嗚咽の中、私は「お疲れ様」と密かに呟き敬礼した。


彼は私と同じ士官学校で学んだ中で、軍師の道を選んだ。
私は戦場に立ち兵士達と共に戦う道を選んだが、親交は変わらず時々酒を酌み交わしていた。
いつもは穏やかながらも厳格な彼は、そのときだけは普段は見せない迷いを見せていた。
「私は争いが嫌いだ。味方も敵も命は唯一無二のものだ。それが失われるのは耐え難い」
「だったら、戦場から身を引けばいいのではないか?」
私が彼のグラスに酒を注ぎながら言うと、彼は小さく笑って首を横に振っていた。
「見えないからといって、争い自体がなくなる訳ではない。だから、私は双方の犠牲を最小限にする策を立てて、少しでも早く戦争を終わらせたい」

彼の策のお陰で、戦争は自国に有利に進んでいた。次の戦いに勝てれば停戦に持ち込めるかもしれない。
そんな意気込みがあったのだろう。彼は自ら戦場に立ち戦況を見守っていた。
それがいけなかった。彼は流れ矢に当たってしまい重傷を負った。
にもかかわらず停戦に向けて彼は尽力し、停戦が成立した。

彼はようやく療養に専念するようになったが、彼に残された時間は僅かだった。
一度、彼の見舞いに行ったことがある。彼は上体を起こして外を眺めていた。窓の外には墓地がある。私の部下達の何名かも眠っている。
「…私のしたことは、本当に正しかったのだろうか」
ポツリと零れた彼の言葉に、私は言葉を返せなかった。
そして、それが彼と過ごす最後の時になってしまった。


彼の墓は私が強く希望した公園墓地に建てられた。あまり人が訪れることはない静かな場所で、公園を一望できる。
公園では、子ども達がボール遊びに夢中になっている。風に乗って笑い声がここまで届いてくる。
私は墓石の隣に座ると、ここで眠る彼に話しかける。
「これが君が成したことの結果だよ」

3/14/2024, 4:28:50 PM