ストック

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1/16/2024, 9:19:22 AM

Theme:この世界は

この世界は冷たい荒野だ。限られた資源を巡って争わなければ生きていけない。
だから人間は少しでも生存に有利になるためにコミュニティという名の徒党を組む。
しかし、二人の人間がいたらそこには必ず上下関係が存在するように、そんな『コミュニティ』の中ですら人間は自分の利益を最優先する。
裏切り、掌を返すのは当たり前。ときには、適当な理由でスケープゴートを作り出し『正義』の元に徹底的に痛め付けることさえある。保身や娯楽のためにね。
わざわざそんな本を読まなくたって、ちょっと顔を上げれば実例がたくさんあるじゃないか。

『ディストピア論』という本を読んでいたときに、友人をそんなことを言いながら本を取り上げた。
ディストピアをテーマにしたSF小説を書いてみようと思って、参考になりそうな本を読んでいた矢先だった。彼は本の目次を眺めながら冷笑を浮かべている。
おかげで読んでいたページが分からなくなってしまった。私は苦笑いを浮かべる。

彼のペシミズムは、幼少期から続くこれまでの人生経験から来る根の深いものだと私は知っている。彼を論破することはできないだろう。わざわざ論破する必要もないが。
代わりにひとつ質問をしてみることにした。

「じゃあ、あなたのユートピアはどこにあるの?」

彼は少し考えてから答えた。

「少なくともこの世にはないよ。死後の世界にユートピアだのエリュシオンだのがあるとも信じられないけど、この世界よりは幾分マシなんじゃないの」

私にとってもこの世界はユートピアにはほど遠い。
「明日なんて来なければいいのに」と泣きながら眠りにつく日だってある。
でも、それでも。

「私もこの世界がユートピアとは思わないけど、ディストピアとも思わないな。だって、あなたと話ができるから。それだけでも価値のある世界だよ」

単純な奴、と捨て台詞を吐いて(彼が聞いたら怒るだろうが)、彼は本でポンと私の頭を叩くと、本をデスクに置いて去ってしまった。

1/13/2024, 9:43:06 AM

Theme:ずっとこのまま

不意に目が覚めた。随分と長い間眠っていたような気がする。
目を開けても、周囲には闇が広がっているだけだった。
とりあえず起き上がろうとしたら、したたかに頭を打ってしまい思わず呻く。
手足を動かしても壁らしき何かにぶつかってしまい、まともに身動きが取れない。

どうやら私はひどく狭い空間に横たわっているらしい。

何故こんなことになっているのだろう。
思い出そうとしても、すっぽりと記憶が抜け落ちてしまっているように、経緯が全く思い出せない。

段々と暗闇に目が慣れてきた。
周囲はどうやら木製の壁で囲まれているようだ。
ふと、手が冷たい何かに触れた。警戒しながらそっと手繰り寄せてみる。
鼻を抜けるような独特の香りが鼻をくすぐった。
それは菊の花だった。茎は付いておらず、花の部分だけが落ちている。
周囲を探ると、同じものが幾つも落ちていた。

これはどういう状況なんだ?ますます混乱しながらも、すぐ鼻先にある天井を叩いて叫ぶ。しかし、返事はない。
そして天井を叩いたときに気がついてしまった。
私は浴衣のような薄い服を着ている。普通の浴衣と違って真っ白な布だ。
これは、死装束だ。

ふと、記憶が甦る。
運転している私の眼前いっぱいに、車のヘッドライトが溢れる。
…そうだ。私は交通事故にあったのだ。そこから先の記憶はない。

まさか、そんな。
「早すぎた埋葬」という言葉が頭を過る。
私はずっとこのまま、餓死するまでここに閉じ込められるのか?

「誰か!誰か助けてくれ!」
喉が破れる勢いで叫ぶが、何の反応もない。無音が私の恐怖を更に増大させていく。
「嫌だ!誰か、助けてくれ!!」

叫びながら不意に気がついた。
これは早すぎた埋葬ではない。あの物語が書かれた頃とは時代も文化も違う。
ずっとこのまま閉じこめられることなんてあり得ない。
だって、今は――

その時、あのヘッドライトを思い出させるような眩しさと、経験したこともない熱を感じ、私は永遠に恐怖から解放されたのだった。

1/11/2024, 11:26:00 PM

Theme:寒さが身に染みて

今日も会社に行けなかった。
電話の上司の声は、心配しているようにも呆れ果てているようにも聞こえる。
謝罪をして電話を切ると、罪悪感と悲しみが胸を刺す。

食欲もなかったので、ベッドに戻ろうとする。
ふと、窓の外が目に入った。今日は雲の隙間から青空が覗いている。
そういえば、日の光は気分の落ち込みを和らげてくれるんだっけ。
私は窓を開けてみた。

叩きつけるように冷たい風が頬を打つ。
寒さが身に染みて、思わず窓を閉めた。同時に涙が溢れてくる。
風にまで責められているように感じてしまう。

泣いているわけにもいかない。早く良くならなくては。
どうにか着替えて、せめて散歩に出ようと玄関を開けた。

今度は柔らかい日差しと一緒に、寒さが全身に染みた。
「無理して外に出る必要はないよ」とでも言うように。
私はドアを閉めてベッドに戻り横になった。

暖かくなる頃には、元気に出社できるようになっているだろうか。

1/9/2024, 1:28:48 PM

Theme :三日月

星々の中に沈んだ三日月。
それを見る度に、俺は誰も傷つけなくて済むという安堵と、この三日月もいずれ美しく輝く満月になることへの恐怖を覚える。

あと2週間もすれば、あの三日月は星の光をも呑み込んでしまう満月になることだろう。星の光だけでなく、俺の人としての理性さえ呑み込んでしまう。
俺は獣の本能に溺れ、誰彼構わず人を襲って傷つけてしまうだろう。
人狼の呪われた本能に逆らうことはできない。

俺は誰も傷つけたくない。ただ静かに穏やかに人として暮らしたいだけだ。
だが、満月はそれを許してはくれない。
許してくれるのは、月も浮かばない夜の闇とこの儚い三日月だけだ。

神様、どうかこれ以上、俺に誰も傷つけさせないでください。

何度目かわからない祈りを三日月に捧げる。
俺の願いは星々に遮られ、きっと三日月に届くことはないのだろう。
それでも俺は祈り続ける。呪われた運命から解放されるその日まで、ずっと。

1/8/2024, 10:23:52 AM

Theme:色とりどり

昨日は一日中降り続いていた雪が止んで、今日は清々しい冬晴れだ。
公園の近くを通ると、昨日はうっすらと白く覆われていた花壇に色が溢れていた。
パンジー、アネモネ、ハボタン…色とりどりの花が咲いている。
見ているだけで明るい気持ちになりそうだ。

その中で一際目を惹かれたのは、真っ白なエリカだ。
茎に小さな真っ白い花と小さな深緑の葉っぱがたくさん集まっている。
昨日も咲いていたんだろうけど、雪が降っていて気がつかなかった。

さまざまな花に囲まれるエリカは、白さが引き立って清純な美しさが際立っているように思える。
埋もれてしまいがちな白い色が、色に溢れる中で見事に自分を主張している。
色とりどりな世界だからこそ、白い色が美しく見える。

色とりどりな世界では、時に華やかすぎる色に疲れてしまうことがある。
でも、色とりどりの世界だからこそ気がつける静かな美しさもある。
そんな当たり前のことに気がついて、少し嬉しくなった。

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