ストック

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Theme:ずっとこのまま

不意に目が覚めた。随分と長い間眠っていたような気がする。
目を開けても、周囲には闇が広がっているだけだった。
とりあえず起き上がろうとしたら、したたかに頭を打ってしまい思わず呻く。
手足を動かしても壁らしき何かにぶつかってしまい、まともに身動きが取れない。

どうやら私はひどく狭い空間に横たわっているらしい。

何故こんなことになっているのだろう。
思い出そうとしても、すっぽりと記憶が抜け落ちてしまっているように、経緯が全く思い出せない。

段々と暗闇に目が慣れてきた。
周囲はどうやら木製の壁で囲まれているようだ。
ふと、手が冷たい何かに触れた。警戒しながらそっと手繰り寄せてみる。
鼻を抜けるような独特の香りが鼻をくすぐった。
それは菊の花だった。茎は付いておらず、花の部分だけが落ちている。
周囲を探ると、同じものが幾つも落ちていた。

これはどういう状況なんだ?ますます混乱しながらも、すぐ鼻先にある天井を叩いて叫ぶ。しかし、返事はない。
そして天井を叩いたときに気がついてしまった。
私は浴衣のような薄い服を着ている。普通の浴衣と違って真っ白な布だ。
これは、死装束だ。

ふと、記憶が甦る。
運転している私の眼前いっぱいに、車のヘッドライトが溢れる。
…そうだ。私は交通事故にあったのだ。そこから先の記憶はない。

まさか、そんな。
「早すぎた埋葬」という言葉が頭を過る。
私はずっとこのまま、餓死するまでここに閉じ込められるのか?

「誰か!誰か助けてくれ!」
喉が破れる勢いで叫ぶが、何の反応もない。無音が私の恐怖を更に増大させていく。
「嫌だ!誰か、助けてくれ!!」

叫びながら不意に気がついた。
これは早すぎた埋葬ではない。あの物語が書かれた頃とは時代も文化も違う。
ずっとこのまま閉じこめられることなんてあり得ない。
だって、今は――

その時、あのヘッドライトを思い出させるような眩しさと、経験したこともない熱を感じ、私は永遠に恐怖から解放されたのだった。

1/13/2024, 9:43:06 AM