ストック

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12/9/2023, 9:14:31 AM

Theme:ありがとう、ごめんね

「ありがとう、ごめんね」
「『ごめんね』は余計!こういうときは『ありがとう』だけでいいの!」
「うん。ありがとう」
これが佑衣と私のお決まりのやり取りだ。

佑衣との出会いは小学生のときだった。
男の子たちにからかわれていた佑衣を私が庇ったのが切っ掛け。
思えば、そのときも佑衣は「ありがとう、ごめんね」って言ってたっけ。
その出会いからもう15年以上の付き合いだ。

どちらかと言うと内向的で大人しい佑衣は、なかなか周囲に馴染めないことも多く、また、人と話すこともあまり得意ではない。
佑衣が困っていたらいつでも助けるのが私の役目。
「ありがとう、ごめんね」
その度に佑衣は言う。そのときの、はにかむような彼女の笑顔が、私は好きだ。

そんなある日、佑衣から「婚約者ができた」と告げられた。
恥ずかしそうにスマホの写真を見せてくれる。とても誠実そうな印象を受ける青年だった。
「おめでとう!式の日取りが決まったら教えてね」
私がそういうと、佑衣は嬉しそうに頷いた。

結婚式を1週間後に控えた日、佑衣が泣きながら「彼が亡くなった」と電話をしてきた。
私は職場を早退し、佑衣の元へと向かった。
泣きじゃくる佑衣の側に、私はずっと寄り添っていた。
婚約者の葬儀が終わった後、佑衣はいつものように言う。
「ありがとう、ごめんね」と。
私は小さく首を振って、佑衣をそっと抱き締めた。

佑衣、『ごめんね』はいらないよ。
あなたが私を頼ってくれる、それだけで私は幸せなんだから。
佑衣を守るのは私の役目だよ。他の人になんてやらせない。
ずっとずっと一緒だよ、佑衣。

12/7/2023, 12:56:01 AM

Theme:逆さま

それじゃあ次は俺の番だな。
これは友達の友達から聞いた噂話なんだけど…。

今は動画投稿が出来るサービスがたくさんあるよな。YouTubeとかTik Tokとか。
その中のとある動画配信サービスだけで配信されている動画があるんだ。
動画のタイトルは「かれ」。ひらがなで二文字だけそう書かれてるらしい。タイトルからはなんの動画か全然わかんないよな。
投稿者名はわからないらしい。聞いた話だと文字化けしてて読めないんだってよ。

で、肝心の内容だけど、ただひたすらに一桁の数字が一定間隔で映し出されているらしい。真っ白なメモ帳みたいな紙に赤い字で書かれた数字がパッパッって切り替わっていくそうだ。で、数字を13回映し終わったら動画が終わる。人物が登場することもないし、音声やBGMは一切入っていないそうだ。
何を伝えたいのかも解らないのが不気味だよな。

その動画に表示される数字についての話だが、動画を逆さまに再生すると、通常に再生したときと数字が変わるらしいんだ。そして、どうもその数字は年月日と時間として読み取ることができるんだと。
あくまでも噂だけど、その数字が表す日付は「2041年6月17日 3時57分56秒」になるらしい。

たまたま日時に見えただけのか、あるいは本当に日時でその時に何か起きるのか…。
普通の人生を歩んでるなら、俺もその日時に出くわすことになる。
一体、何なんだろうな?

それじゃあ、次の人、よろしく!

12/5/2023, 1:34:53 PM

Theme:眠れないほど

明日はいよいよあの方の誕生日だ。
生まれてこの方調理用のナイフすら握ったこともなかったが、どうしても彼が喜ぶ顔が見たくて、この1ヶ月間、ずっと彼の好きな果物がたくさん入ったケーキを作る練習をしてきた。

最初は果物の皮を剥くのも苦労した。
細かい切り傷がたくさんできてしまった私の手を見て、あの方に心配をかけてしまうことも多々あった。
剣は自分の腕を振るように自在に操れるのに、果物にこんなに苦労させられるとは思わなかった。

それでも練習すれば成果は出るもので、あの方の誕生日を明日に控えた今は林檎でも檸檬でも何でも上手く切れるようになった。
あの方は「いつの間にそんな器用になったんだ?」と不思議がっていた。

幼い頃から仕えていたあの方が、先王の崩御により若くして新たな王となった。
隣国との戦は勿論、若い彼を傀儡にしようとする者や暗殺しようとする者もおり、味方にも安心して頼ることはできない。
それでも、あの方は弱音も吐かずに凛として王の責務を果たしている。

だが、明日は彼の誕生日だ。明日くらいは年相応に誕生日を喜んでほしい。
そのために彼の大好きなケーキを作ることにした。
また、昔のような無邪気な笑顔を見せてくださるのだろうか?
想像すると年甲斐もなく、眠れないほどワクワクしてしまう。

12/4/2023, 10:29:03 AM

Theme:夢と現実

現実には私の居場所はない。
私が居ても居なくても、世界も周囲も何も変わらない。
いや、生きているだけでも資源を消費してしまうし、私はいない方がいいと思う。
「そんなことないよ」と言ってくれる人はいない、私もそうは思わない。

夜にみる夢にも私の居場所はない。
浅い眠りの中で、私は自分の価値が信じられなくなったいろんな場面を追体験する。
家庭で。学校で。昔の職場で。今の職場で。
夢でみるどの場面でも、皆が自分が私を傷つけ否定する。私は居てはいけないのだろう。

唯一、私の存在を肯定してくれる夢の世界がある。
それはゲームだ。流行りのソーシャルゲームではなく、昔ながらの一人で遊ぶテレビゲーム。
ゲームの世界では、私は誰にでもなれる。
人々から期待され世界を救う勇者にも、不思議な世界をさ迷い歩く少女にも、風の向くまま気の向くままに自由に生きる冒険者にも。
そして、ゲームの世界では誰も私を否定しない。夢の世界に留まることを許してくれる。
だから私は、ゲームをしているときだけは、心の底から笑ったり泣いたりできる。
「私は居てもいいのかな」と考えることもない。

そんなのは現実から逃げているだけ、現実と向き合って強くなれ。
そう言うことはとても簡単だ。
だけど、誰もがすぐ立ち上がれる強さを持ってるわけじゃない。
現実と向き合えるようになるまで、もう少しこの夢の世界に留まることを許してほしい。

11/30/2023, 12:40:07 PM

Theme:泣かないで

「ほらほら、こっちで遊ぼうよ。ね、ドアの前は寒いよ」
いくら声をかけても彼は頑なにドアの前から動かず、ずっと鳴いている。
「Rちゃん、すぐに帰ってくるから。ね、私と遊ぼう?」
宥めるように声をかけてみるが、こっちを見向きもせずにずっと鳴いている。
チャームポイントの尻尾もすっかり下がってしまっている。

Rちゃんの愛犬のチワワは、Rちゃん以外には懐かないのかそれとも私が怖いのか、私と二人きりになった途端にドアの前から動かなくなった。
ずっと寂しそうに鳴いている。

どうしたらいいんだろう。こちらまで泣きたくなってきた。
Rちゃん、早く帰ってきて。
そんな寂しそうに鳴かないで。

不意にドアの前で鳴き続けていた彼の尻尾がピョコンと立った。
一拍おいてRちゃんが戻ってきた。千切れてしまわないか心配になるほど彼はブンブンと尻尾を振っている。
Rちゃんに撫でられて嬉しそうな顔をしている彼を見て、私もほっとするのと嬉しくなったのとで思わず笑ってしまった。

もう、20年も前の話だ。彼は虹の橋の畔にいってしまった。
Rちゃんはようやく彼の話を笑顔で出来るようになった。

二人とも泣かないで。
いつかきっと再会できる日が来るから。

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