たぬたぬちゃがま

Open App
7/13/2025, 2:48:08 AM

ちりん。
風鈴が風の訪れを教えてくれる。
「あっづぅうううううううい!!!!」
でも私にとってはそれどころじゃないくらい、今日の気温は高かった。


「何この温度!外気温38度!?ハァ!!??」
寝起きに見た温度計の気温を見て叫んでみるが、温度計は一目盛も動かない。急いで勝手に消えたエアコンと扇風機の電源をつける。来たれ文明の機器。
部屋を冷やしている間、いっそ風呂にでも入ろうか、とぼんやり考えていると、ベッドから手がいきなり伸びてきてあっという間に引きずり込まれた。


「おはよ。……もう昼近いか?」
「暑い!!熱い!!離れて!!」
彼の抱擁は夏の暑さによってより熱苦しくなる。
ぐぐぐ、と顎と胸を力一杯押すが、彼は一切動じない。これが男女の筋肉量の差か。悔しい。
「……昨日はあんなに求めてきたのに?」
「うっさい!!!」
枕を顔に叩きつける。顔の熱さは暑いせいだ。絶対そうだ。そうに決まってる。
風鈴が鳴らす清涼な音すら今の私には囃し立てるように聞こえて、その場から離れるため、そして汗を流すべくお風呂場へ直行した。


【風鈴の音】

7/12/2025, 8:25:33 AM

どうして、こうなった。
勉強を教わっていたはずなのに、どうして、こうなった。
どうして私は、彼に押し倒されているのか。


きっかけは神社だった。担任がテストで赤点を取ったら追加課題を出すとか言うから。それが30cmはあろうプリントの束だったから。
そこで私は学業の神に気に入られているであろう成績優秀者の彼を連れて、神社へ乗り込んだのがつい3日前。


「追い込みかけたいから、部屋行っていいか?」

そう言われて赤点回避のためならばと部屋に案内した。私の部屋を見て「へー」とか「ふーん」とか呟いているのを聞いて、やればできる子なのはこの部屋からもわかるでしょ?と言ってやったのがつい30分前。


どうして、こうなった。
なぜ、私は彼に押し倒されているのか。

「おい、聞いてるか?」

彼に話しかけられてハッとなる。慌てて胸を押し起きあがろうとするがびくともしない。こんなところで自分の非力さを実感したくなかった。

「ねぇ、なんで、こんなこと、」
「好きだ。テストが終わってからでいい。付き合ってくれ。」

祈るような、すがるような、掠れた声だった。おそるおそる彼の顔を見上げると、眉間に皺をよせて、顔を真っ赤にした彼がいた。

「うそ、だ。」

私の呟きに彼は泣きそうな顔になる。

「嘘じゃない。好きだから神社にもついていった。試験の山と真剣に考えた。俺、本気なんだ。」

信じて。

絞り出すように彼の口から出た言葉は、私の心に深く突き刺さった。
私の耳はおそらく真っ赤だ。顔も負けないくらい熱い。意識してない時は何も思わなかった言動が、途端に恥ずかしくなる。
だって私は彼を神社に誘って、山を張ってもらって、家に招待して——


あれ?私にとって彼ってなんだろう。
友達?神社に誘ったのも、部屋に呼んだのも、異性は彼が初めてだ。
あれ?私はなんで彼を誘ったんだろう?

「……返事、してくれよ。」

彼の掠れた声が脳を痺れさせる。こんな声出せるなんて知らなかった。
私は何も考えずに彼に手を伸ばし、頭を抱き抱えた。彼が私の名前を呼んだが、それには甘さがふんだんに含まれていた。
私の体は彼を受け入れることにしたらしい。抱きしめた頭を優しく撫でている。
触れたところが熱い。嬉しくて仕方ないはずなのに、心がついていっていない。処理が追いついていないのだ。
彼と私は熱く見つめている。心は処理落ちしているのに。


唇が触れ合った瞬間、私は考えるのをやめた。
心のキャパシティはとうの昔にオーバーしている。
私の体は彼の体が捕まえた。心を捕まえるのは彼の心に任せよう。私の彼への気持ちは悪い物ではないのだから。

もうどうにでもなれ。
ふと、おみくじの恋愛欄に【身近にいる。動くのを待て。】と書かれていたのを思い出した。




【心だけ、逃避行】

7/11/2025, 3:39:37 AM

「新登場の味にするか、普段の味にするか……。」
彼女は悩んでいる。お菓子売り場でかれこれ20分は悩んでいる。他のところを見てきてください!と促され、必要な食材を買って戻ってきてもまだ悩んでいる。知らない男子小学生も一緒になって悩んでいる。悩める子羊が増えていた。
「おねーちゃん、やっぱ新商品にしようよ。期間限定って書いてあるし。」
「で、でも失敗したら『あの味にすれば良かったー!』って後悔しそうで。冒険は苦手です。」
「確かに……。おれ、お小遣いはお手伝い制だから失敗は嫌だ。」
また頭を抱え始めた。要するに好きなお菓子に期間限定の味が出たが、それを買うかいつもの味を買うかで悩んでいるのだ。なぜか男子小学生といっしょに。
「弟がうるさいんだよなあ〜。おれのお小遣いで買うお菓子なのに文句言うんだぜ?」
「それでも、分けてあげるお兄ちゃんは優しいです。とっても偉いです。」
彼女に褒められてエヘヘ、と笑う少年。ほわほわとした空気が流れているが、俺がいないものとして扱われているのは納得いかない。
「両方買えばいいだろ。」
かけた声に、子羊たちはぴぇっと変な声を出した。


「だから、おれ手伝いしないと小遣いもらえないの!お金ないの!」
やれやれ、と言わんばかりに少年は言う。
「俺が買ってやるよ。」
「母ちゃんから知らない人から物をもらうなって言われてるから無理。」
「確かにその通りだ。」
今時の親はしっかりしている。いや、子供もしっかりしているのかもしれない。
「おれ、ねーちゃんの勘と経験を信じるよ。外れたら怒るけど。」
「えぇええええっ。怒るんですか!?」
……しっかりしているのかも、しれない。
「あまり彼女をいじめないでくれ。俺からのお礼だと思ってくれ。彼女を相手してくれた、な。」
「……お礼なら、貰う。ありがとう、にーちゃん!!」
会計を済ませると、ぺこりと頭を下げて少年は走っていく。彼女は俺の隣でぷくっと頬を膨らませていた。


「私、あの子より年上なのに……。」
「まあまあ、あぁ言わねぇと納得しなかっただろ。」
そういって彼女の迷っていたお菓子を両方カゴに入れる。顔を輝かせる彼女に、俺は少し意地悪したくなった。
「たまにはいいだろ?普段しないことをするのもさ。」
普段していることでもいいけど。
彼女の耳元で囁くと、耳を真っ赤にさせて一歩離れた。お菓子を食べる以外の意味は伝わったようだ。
「は、は、半分こしましょう!」
「俺は一つもらえたらいいから、あとは全部食っていいぞ。俺は何をしようか考えるので忙しくなりそうだから。ちなみに冒険は好きな方だ。」
にやりと笑ってやると、彼女はさらに赤くなり、いつから聞いていたんですか!とぽこぽこと叩いてきた。



【冒険】

7/10/2025, 4:00:00 AM

おぼつかない足を無理やり動かし、前に進む。
もう追っ手が近い。時期に捕まるだろう。
そして用意された証拠をもとに断罪される。
身に覚えのない罪の数々を背負って。
もう時間がない。できることはしたが、生き延びるのは不可能だ。
ふと、彼の顔が浮かんだ。なんて未練がましいのか。こんな汚辱にまみれた自分に想われるなんて、申し訳ない。思わず自嘲したところでとうとう捕獲された。
時間は稼いだ。後は後の人に任せよう。
次の人生でも、どんなに苦労する人生でも、彼に会えますように。
私は奥歯に仕込んだ毒を噛み砕いた。

-------

断罪されるはずの令嬢が逃亡中に死んだという情報は、王都を駆け巡った。悪女が死んだ。本当に死んだのか?隣国に逃げたか?さまざまな情報が飛び交う。
彼女は悪女と言われていた。幼い頃は虫が苦手で泣きべそをかく、おとなしい女の子だった。
自分より幼いと思った子供が、国のために手を尽くし死んだ。自分は、そんな彼女を助けることはできなかった。
国を見捨てて彼女を救えば、この国は他国に侵略されて終わるだろう。他国にしてみれば侵略できる口上ができれば上々、でなくても内輪揉めで内政が不安定になれば手を叩いて喜ぶだろう。
それをわかって、彼女の家は彼女を捨て、彼女自身も与えられた使命を全うした。なにも知らない王太子を除いて、すべての大人が彼女に押しつけた。
国のために、国民のために、みんなのために。

なんと反吐の出る。なんと醜い。そんな魑魅魍魎たちは今日も見栄や宝石を守って周囲を威嚇する。
自分もいずれ、その仲間入りをする。いや、彼女を見捨てた時点ですでに仲間だった。そんな自分に想われるなど、彼女はさぞ迷惑に思っただろう。
「願わくば、次の彼女の人生は、俺に関わることなく、もっと穏やかに送れますように。」
ぽつりと呟いた言葉は、誰に届くでもなく消えていった。


【届いて……】

7/9/2025, 7:45:52 AM

「ふぉおおおおお!!!」
圧倒的な風景は彼女を感嘆させるには充分だった。

雲海が見たいです。そう言った彼女を連れて旅行に行こうと決めたのはつい先日で。
フェリーで船旅で海を楽しみ、愛車のバイクを船から降ろし彼女を後ろに乗せて走るのはいつもより緊張した。免許を持たない彼女はとても楽しそうな声をあげていたが、こちらとしては背中に押しつけられた柔らかさに耳まで熱くなった。フルフェイスにしていて本当に良かったと思う。

早朝、眠い目を擦る彼女と二度寝したい欲を抑え、下調べした場所へと一緒に行く。
初めて見る雲海は、壮大で、大きくて。
「すごいすごい!来れてよかった!」
ぎゅうとしがみついてくる彼女が可愛くて、愛しくて。
思わず抱き返すと、彼女はさらに強く抱きしめてくれて。
きっと俺は、この景色を忘れない。


【あの日の景色】

Next