たぬたぬちゃがま

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おぼつかない足を無理やり動かし、前に進む。
もう追っ手が近い。時期に捕まるだろう。
そして用意された証拠をもとに断罪される。
身に覚えのない罪の数々を背負って。
もう時間がない。できることはしたが、生き延びるのは不可能だ。
ふと、彼の顔が浮かんだ。なんて未練がましいのか。こんな汚辱にまみれた自分に想われるなんて、申し訳ない。思わず自嘲したところでとうとう捕獲された。
時間は稼いだ。後は後の人に任せよう。
次の人生でも、どんなに苦労する人生でも、彼に会えますように。
私は奥歯に仕込んだ毒を噛み砕いた。

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断罪されるはずの令嬢が逃亡中に死んだという情報は、王都を駆け巡った。悪女が死んだ。本当に死んだのか?隣国に逃げたか?さまざまな情報が飛び交う。
彼女は悪女と言われていた。幼い頃は虫が苦手で泣きべそをかく、おとなしい女の子だった。
自分より幼いと思った子供が、国のために手を尽くし死んだ。自分は、そんな彼女を助けることはできなかった。
国を見捨てて彼女を救えば、この国は他国に侵略されて終わるだろう。他国にしてみれば侵略できる口上ができれば上々、でなくても内輪揉めで内政が不安定になれば手を叩いて喜ぶだろう。
それをわかって、彼女の家は彼女を捨て、彼女自身も与えられた使命を全うした。なにも知らない王太子を除いて、すべての大人が彼女に押しつけた。
国のために、国民のために、みんなのために。

なんと反吐の出る。なんと醜い。そんな魑魅魍魎たちは今日も見栄や宝石を守って周囲を威嚇する。
自分もいずれ、その仲間入りをする。いや、彼女を見捨てた時点ですでに仲間だった。そんな自分に想われるなど、彼女はさぞ迷惑に思っただろう。
「願わくば、次の彼女の人生は、俺に関わることなく、もっと穏やかに送れますように。」
ぽつりと呟いた言葉は、誰に届くでもなく消えていった。


【届いて……】

7/10/2025, 4:00:00 AM