月園キサ

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5/25/2024, 2:03:57 PM

#澄浪さんの好きなひと (BL)

Side:Kyoji Nanagi



僕の経営するバー "Another Garden" には、もはやイツメンと言ってもいいほどによく来てくれるお客さんがいる。

1人目は僕の中学生の頃からの友人で、ダンスが得意なパフォーマーの伊智瑠。うちでウェイターとして働いてくれている篤月君は彼の弟だ。

2人目は大学生の世古諒君。篤月君の高校の時の同級生にして、彼のできたてホヤホヤの彼氏さんだ。

そして最近…3人目のイツメンが増えた。


"あの〜、すみませんまだ開店前なんですが…"

"ひぇっ!す、すみません…!あの…その…まさか、仕事帰りに大雨が降るなんて思ってなくて、ここで少し雨宿りをと…"

"あぁ、なるほど!今日の天気予報大ハズレでしたもんね"


あれは約2ヶ月前の、激しい雨の日のこと。
僕がいつものようにバーの開店準備をしていたら、窓の外にずぶ濡れの男性が立っていることに気づいた。

ガタガタ震えている彼を見ていたら放っておけなくなって、僕は彼にあたたかいコーヒーとクッキーを提供した。
それをきっかけに少しずつ彼との交流が増え、お店に通ってくれるようになったというわけだ。


…そんな彼がまさか、伊智瑠にとっての特別な人になるだなんてねぇ。


「あの…こんばんは…」

「外園君、いらっしゃい!いつものかな?」

「は、はい…!」


彼もとい外園摩智君は、今日も仕事帰りでお疲れ気味だ。
…でも何だか、ここに通い始めたばかりの頃に比べてどこか楽しそうな表情を見せてくれることが増えたような。

何かいいことがあった、といったところだろうか。


「外園君、どうしたの?何か嬉しそうな顔してるけど」

「んえっ…そ、そんな顔…してました…?」

「ふふっ…もしかして、伊智瑠のことだったりして?」

「ファッ!?え、えと…えっと…」


あはは、なんて分かりやすい子なんだろう。確かに彼は伊智瑠が今まで接したことがないタイプだ。

僕はコーヒーカップを外園くんの前に差し出して、彼に向かってニヤリと笑ってみせた。


「伊智瑠のこと、気になってる?」

「…気になってるというか…その…僕みたいな地味男が、友達になっていいのかなって…」

「どうやって仲良くなったらいいか分からない、とかじゃなくて?」

「そ、そう!それもあります…」

「ふふふ…じゃあ、伊智瑠のいちばん好きなものを教えてあげちゃおうかな。知りたい?」

「えっ…知りたいです…!教えてくださいっ」


僕はバーカウンターに頬杖をついて、外園君の素直な反応にクスクス笑った。


「それはズバリ…ネット上でも素顔を知られていない謎の覆面ピアニスト、CHiMA (ちま) さんだよ」

「…!」


CHiMAさんの名前を口にした瞬間、何故か外園君の表情が一瞬曇った気がした。

それから外園君は「そうなんですね」と笑ってくれたけど、その表情の変化がどうも引っかかる。


「…どうしたの?」

「いえ…実は僕も好きなんです、CHiMAさん。あまり多くの人に知られてはないアーティストさんなので、まさか仲間がいるとは…えへへ」

「そうなの?伊智瑠はCHiMAさんに関する最新情報は必ずチェックしてるって言ってたよ。篤月君にも布教してさ、今じゃ兄弟揃って大ファンなんだよ」

「そ、そうなんですか…?えへへ…仲間がいて嬉しいです」

「僕も2人に勧められて聴いてみたんだけど、作曲もできるってすごいよね」


外園君も確か、ピアノが弾けるんだっけ。
もしかして、CHiMAさんに憧れていたりするのかな?
…それともまさか…ね。

僕は頭を振ってそれ以上詮索するのをやめた。


「…あ。雨降ってきたね、外園君傘持ってきてる?」

「き、今日は持ってきてます…折り畳み傘。そういえば…初めてこのお店に来た時は、僕…びしょ濡れでしたよね」

「あはは!そうだったね、それで僕がコーヒーとケーキを出して雨宿りしていきませんか〜って」

「そう、そうです…へへ。あの日雨が降ってなかったら、ここの常連になることもなかったかもしれません」


雨の日は客足が遠のくからあまり好きではなかったけど、雨がきっかけで繋がる縁というものもあるものなんだなと知った。

…さて、時刻は午後9時。そろそろダンスショーの出番終わりでヘトヘトな伊智瑠と、バイト終わりの世古君が来る時間だ。

また外園君と伊智瑠の中学生みたいな距離感の会話が見られるのかなと思うと楽しみでしかない。


「こんばんは」

「…どうも」

「兄貴!諒!お疲れぇーーー!!」

「ありがとう篤月…あっ」


おっ?伊智瑠が外園君に気づいた。
中学生の頃からの友達である僕には分かる。伊智瑠は明らかに、外園君を意識している。

いつ見ても微笑ましいな、この2人は。


「みんな、今日も来てくれてありがとう。ちょっと早めにお店閉めるから、ゆっくり飲んでって」

「わっ…あ、ありがとうございます、名渚さん…!」

「…ごちそうさまです」

「名渚さんっ、オレも飲んでいいっすか!?」

「うんうん、今日は他にお客さんいないからみんなで飲もうよ」

「よっしゃーーー!!飲むぞぉ!!」

「篤月、あまり張り切りすぎないでね?」

「…伊智瑠さん、俺が介抱するんで心配しないでください」

「オレが潰れる前提で話進めんなよ諒!!」


結局僕ら5人のイツメン飲み会は、約3時間後に強い雨音が再び静かになるまで続いた。




【お題:降り止まない雨】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・外園 摩智 (ほかぞの まち) 攻め 25歳 リーマン ノンケで童貞

・ミナミ/澄浪 伊智瑠 (すみなみ いちる) 受け 31歳 ショーバーのパフォーマー ゲイのネコ


・澄浪 篤月 (すみなみ あつき) 21歳 伊智瑠の弟 恭士の経営しているバーのウェイター バイのタチ

・名渚 恭士 (ななぎ きょうじ) 31歳 伊智瑠の友人 バー "Another Garden" のオーナー バイのバリタチ

・世古 諒 (せこ りょう) 21歳 篤月の彼氏 大学生 元ノンケ

5/24/2024, 12:50:15 PM

#ある殺し屋さんの苦悩 (BL)

Side:Toka Himekawa



最近功一さんが経営している隠れ家バー "Vanellie-Rose (ヴァネリー・ローズ)" 付近で怪しい動きがあったらしいので、俺は店を訪れる前に見回りをすることにした。


「…どうせ、暗殺組織の撲滅のために動いてる功一さんを邪魔に思ってる同業者の仕業なんだろうけど」


あの頃の俺ならその同業者と同じように、功一さんを排除しようとしていたかもしれない。
でも、今の俺は違う。

俺は視界の端で何やらコソコソし始めた連中を見て深いため息をついた。


「ねぇそこのオニーサン、こんなとこで何してんの?」

「あ゙?んだよ、やたらデケェ女だなあんた」

「あのさぁ、何してんのかって聞いてんだけど?」

「ゴチャゴチャうるせぇなぁ!ブッ殺されてぇのか!?」


まったく、話の通じないクソ野郎どもめ。
俺も同業者だっつーの。てか、今の俺はどっからどう見ても男に見える格好してるんですけど。

俺はわざと大きく舌打ちして、連中の顔をギロッと睨みつけた。
…どうかこの口もガラも悪くなってる俺を功一さんが見てませんように。とだけ祈りながら。


「…チッ、あっそ。そんなろくに手入れもしてないナイフで俺を殺せるって本気で思ってんのね」

「こ…殺せるに決まってんだろ!さてはお前もKayを始末しに来た同業者か!?」

「ケイ? …あぁ、やっぱりあんたらは俺の敵か」


Kayは対暗殺者専門の秘密組織 "J-RAVEN (ジェイ・レイヴン)" に所属している功一さんのコードネーム。
こいつらがKayを始末しに来たというのなら、あの店に入られる前に殺っておかなくちゃ。

俺は野郎どもが臨戦態勢に入る前に、履いていたブーツのヒールで思い切り奴らの鳩尾に回し蹴りを食らわせた。


「ぐあっ!!…な、なんだテメェ…!!」

「っ!?お、おいお前!こいつの顔よく見ろ…!!」

「ひっっ…!!お、お前まさか… "白薔薇の堕天使"って呼ばれてる姫川藤佳か!?」

「白薔薇の堕天使?はぁ??何それ、俺いつの間にそんなダッサい通り名つけられてたわけ?最っっ悪!」


俺はひとしきり悪態をついた後、ドス低い声で「…ブッ殺すよ」と呟いた。

あの店の平和を乱す奴は俺が全員この手で殺す。
これが同業者への裏切りになろうと俺の知ったことじゃない。


ねぇあの頃の俺、見てる?
今のあんたは、あんたがかつて本気で殺そうとした功一さんのために仲間を殺そうとしてるよ。超〜クレイジーでしょ?


「ひぃぃぃっ!ゆ、許してくれっ!!まさかあんたが姫川藤佳だとは思わなかったんだよ!!」

「頼む…!見逃してくれ!!」

「…今更気づいても遅ぇんだよ、サヨナラ」


─────パァン。


これで功一さんの敵が2人減った。そう、これでいい。
俺がこうすることに決めたのだから。

別に功一さんが好きだから始末したわけじゃない。
これはあくまで功一さんのお店の平和を守るため。


「…イル、後は頼んだ」

「了解したヨ、トウカ」


暗殺後の死体の処理を生業としている掃除屋のイルに後のことを託して、俺は何事もなかったかのように功一さんの店に入った。


「功一さぁ〜ん!藤佳さんが来たよ〜ん♡」

「…いらっしゃいませ」


…はぁ、相変わらずクールな功一さん好きぃ…じゃなくて!!別に惚れてるわけじゃないし!!


…でも、もしあの頃の俺が功一さんを殺していたら今の俺はいない。
別に功一さんを好きになったとかじゃないけど、今俺は功一さんのお店の平和を守るために、それを邪魔する奴らを片っ端からやっつけてる。


…拝啓あの頃の俺へ、あんたが功一さんを殺せなくて本当によかったって今なら言えるよ。




【お題:あの頃の私へ】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・菅生 功一 (すごう こういち) 攻め 37歳 傭兵(兼バーのマスター)
・姫川 藤佳 (ひめかわ とうか) 受け 26歳(※真偽不明) 殺し屋

5/23/2024, 2:19:39 PM

#澄浪さんの好きなひと (BL)

Side:Ichiru Suminami



先月、ダンスと演技の知見を広めるために初めてストリップショーに出演した。

普段出ているダンスショーと違って演じる側も見る側も何となくハードルが高くて、敷居が高そうに思われがちなこの世界だけれど…一度足を踏み入れてみるとただセクシーに脱いで見るだけじゃない、奥の深い世界だった。

あれから1ヶ月経っても忘れられない光景が、あのステージにはあった。


今日は俺の友人の恭士が経営しているバーで、そのショーを企画してくれたとあるクラブのオーナー・ヒロカさんと飲んでいる。


「ミナミく〜ん、今度うちのクラブでメンズストリップやるんだけど出ない〜?」

「いえ…私にはやっぱり今までのダンスショーが合っているみたいなので」

「あらぁそれは残念〜!もしかして、お客さんと何かあったとか?それともメンバーと?」

「…いえ、そういうわけではないんです。ただ…私には向いていなかったなと思っただけで」


…違う。あのショーに出たことで苦い思い出ができたとか、そういうわけじゃない。

ただ…あの日の観客の中にいた、今まで接してきたお客とは全く違うタイプの男性のことが忘れられないだけだ。

その人とはバーの隅でぐったりとしているのを助けて少し話をしただけで、名前は知らない。
でも、このディープな世界とは無縁そうな彼の純情なリアクションのひとつひとつが可愛らしくて、放っておけなかった。

一緒に来ていた別の男性からのせられるままにチップを口に咥えた時なんて、なんて素直な人なんだろうと微笑ましくなった。

…あ。俺がチップを受け取った直後に気絶しちゃっていたけど…あの後ちゃんと帰れたのかな。

…どうしよう、気になる…。


「ふ〜ん…?ミナミくん、やっぱり何かあったんでしょ!恋する乙女みたいな顔してる!」

「えっ?い、いえ…本当に何でもないです」

「もおおお隠さなくていいってば!教えてよ、どんな人?」

「…一言で言うなら…このような世界とは無縁そうな、ピュアな人です」

「きゃぁーーーー!ミナミくんにも恋の季節が来たのねぇ〜!!」

「それが…私にもよく分からないんです」

「じゃあ、会ってみたら?恋ならビビッと来るかも!」

「…名前も知らないんです。ただ…気になってしまって、忘れられなくて」

「えぇっ、それってつまり一目惚れってこと〜!?」


恋バナが大好きなヒロカさんがそろそろ暴走しそうなので、これ以上彼女に話すのはやめておくことにした。

でも…もしこれが本当に恋なのならば、一目惚れなのかもしれない。

熱狂的なファンに囲まれ慣れているせいなのか、それとも世間一般的に言われている恋と呼べるような恋をしたことがないせいなのか、観客の中で孤立している彼に何故か強く惹かれている自分がいた。

だからこそ…これが俺の勘違いではなく、本当に恋なのかどうか知りたい。
こんなにも彼のことを考えてしまう理由が知りたい。

でも…名前を知らない彼に、どうやって会えば…。


「あの…こ、こんばんは…」

「おぉ〜っ!外園さんおひさっす〜!」

「やぁ!いらっしゃい外園君」

「あ…篤月くん、名渚さん、お久しぶりです…」


…と思っていたら、思いもよらない奇跡が起きた。
覚えている。俺はこの声を、はっきりと覚えている。

あの日俺がテーブル席で話した彼は、外園さんというらしい。
まさか彼が弟とも恭士とも知り合いだったなんて…。


外園さんがどこか遠慮がちに俺の隣のカウンター席に座ってきたことで、もう一度お近付きになるチャンスが巡ってきた。


「…!」

「あれ?えっ、待って、もしかして…この子がミナミくんの言ってた、名前を知らない彼?」

「…シッ、ヒロカさん…声が大きいです」

「如何にも遊び慣れてなさそうな感じがするけど、可愛い子ね?うふふ…」


…どうしよう、話しかけてみようか。
でも、この完全オフな見た目の俺で話しかけたところで、ステージ衣装を着た俺しか知らない外園さんは「誰?」と思うに違いない。

すると、俺の迷いを察知したらしい恭士がさりげなく助け船を出してくれた。


「あ、外園君に紹介してなかったね。君の隣にいる彼は僕の友達の澄浪伊智瑠。ミナミって名前でダンスショーに出てるんだ」

「…え、えっ!?あの…澄浪さんってあの時のミナミさん、なんですか?」

「はい…ミナミは私のダンサーとしての名前で、本名は伊智瑠といいます。まさか弟の篤月とも知り合いだったとは思いませんでした」

「えっと、えっと…僕は外園摩智…です。あの時は本当にありがとうございました…」


よかった…何とか自己紹介できた。恭士、ナイスアシスト。

さて、次は俺が本当に恋をしているのかどうかを確かめよう。
もしこれが勘違いだったのなら…その時はその時だ。


「…いえ。あんなにぐったりしている人を放ってはおけませんから、助けることができてよかったです」

「あ、あの…ごめんなさい…。えっと…ストリップショーを見たのはあの日が初めてで、僕には…その、刺激が強かったみたいで…」

「あの日はこちらのヒロカさんからのお誘いがあって出たんですよ。いつもの私は脱がないんです」

「そうそうっ、ワタシがミナミくんにストリップやってみないかって誘ったの♡」

「ええっ…!?そ、そうなんですか…?」


…可愛い。外園さんは、やっぱり可愛い人だ。
素直で、ピュアで、控えめで…一緒にいて心地がいい。

ふと篤月と恭士のほうを見ると、何を思ったのか2人とも俺のほうを見てニヤニヤしている。
全くもう…。さては後で俺をとことんイジる気だね?


俺は2人に向かって呆れ顔で肩をすくめて見せてから、外園さんのほうへ向き直った。


「あの…外園さん。もし良かったら、連絡先の交換しませんか?こうしてまたお話できたのも何かの縁ですし」

「んえっ!?ぼ、僕なんかで…いいん、ですか?僕…あんまり面白い話とか、できませんが…」

「ふふっ…えぇ、もちろんです」


今まで感じたことのない、この胸の高鳴り。
初めて知るあたたかさが、体の内側からゆっくりと広がっていく。

皆に好かれ愛されることこそが自分の存在意義だと思い続けて、いつも受け身で想われる側だったあの頃の俺には分からなかった感情だ。

…多分俺は、初めて想う側になったんだと思う。

この感情からは逃れられない。いや…逃れたくない。
初めて知ったこの感覚に身を任せてみたい。


そんな俺が外園さんの衝撃的な秘密を知ってしまうのは、これより少し先の話になる。




【お題:逃れられない】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・外園 摩智 (ほかぞの まち) 攻め 25歳 リーマン ノンケで童貞

・ミナミ/澄浪 伊智瑠 (すみなみ いちる) 受け 31歳 ショーバーのパフォーマー ゲイのネコ


・澄浪 篤月 (すみなみ あつき) 21歳 伊智瑠の弟 恭士の経営しているバーのウェイター バイのタチ

・名渚 恭士 (ななぎ きょうじ) 31歳 伊智瑠の友人 バー "Another Garden" のオーナー バイのバリタチ

・世古 諒 (せこ りょう) 21歳 篤月の彼氏 大学生 元ノンケ


・ヒロカ 伊智瑠が出演したストリップショーの企画者

5/22/2024, 1:57:31 PM

#柚原くんの一目惚れ (BL)

Side:Shu Yuzuhara



"柚原、また明日な"


最近、俺は放課後になると市ノ瀬からのこの言葉を楽しみにしているようなところがある。

それが何故かっていうと、市ノ瀬が明日も俺と一緒にいてくれるのか〜って思ったらそれだけでテンションが爆上がりするから。

でも今日はそれがない代わりに、市ノ瀬の家で一緒に課題をやることになった。


「市ノ瀬〜…俺もう疲れた!!」

「え〜、まだ20分しか経ってないじゃん」

「ちょっとだけゲームやっていい?ちょっとだけ!」

「あーあ、柚原が頑張って課題終わらせられたらちょっとしたご褒美あげようと思ってたのに〜」

「…へっ?ごほーびって何?」

「終わったら教える」

「えぇ〜!そんなのありかよ〜!」


ピアスバッチバチに開けてて髪にメッシュ入れてていつも黒いマスクしてるくせに、市ノ瀬は全然ヤンキーじゃないしむしろ俺よりずっと成績がいい。

俺は課題のプリントと戦っているフリをしながら、黒縁の眼鏡をかけて淡々と課題を片付けている市ノ瀬をチラッと見た。

…市ノ瀬がマスクの代わりに眼鏡かけてんのって、珍し〜…。


「…柚原ぁ、な〜に見てんの?」

「な、何にも見てねーし!」


思わずじっと見つめちまっていたようで、ふと顔を上げた市ノ瀬とバッチリ目が合ってしまった。

…くっそ〜…マジでこいつ、ムカつくほどの塩顔イケメン。

不自然に目を逸らしちまったが気にしない。
俺が見ているのは、課題のプリント。市ノ瀬じゃなくて、プリント!



──────────



「終わっだぁぁぁぁ…」

「お疲れ〜。頑張ったじゃん、えらいえらい」

「ほぼお前に教えられて、だけどな?」

「細かいことは気にしない気にしな〜い。そんじゃ、約束のご褒美ってことで」

「おぉ〜っ!ご褒美キターー!!」


市ノ瀬からの…ご褒美っ!!
俺にいったい何をくれるんだ!?

俺はカッと目を見開いて体をウズウズさせた。


「はい、じゃあまずは目を閉じてくださ〜い」

「へっ?お、おう!こうか?」

「そうそう、じゃあそのまま10秒キープ。10、9…」


俺の近くに市ノ瀬の気配を感じる。
市ノ瀬の両手が俺の肩に触れるのが分かる。
市ノ瀬の呼吸がほんの少し速くなったのを感じる。

…まさか、これって…!!


「3、2、1…」

「い、市ノ瀬…?」


市ノ瀬のカウントが0になった瞬間、突然俺の両耳が市ノ瀬の両手によって塞がれた。


「…も…ない」

「…!?」


市ノ瀬が何かを呟いたのがわずかに聴こえた後、あたたかいものが俺の左頬に触れてすぐ離れた。

多分…いや、間違いなくこれは…。


「…はい、ご褒美タイム終了〜」

「い、いいいい市ノ瀬ええええ…!!今…!今…き、キス…したのか!!?」

「ん〜…?何のことやら?」

「それとお前…何か言ってたよな?何て言ってたんだよ?」

「…まぁ、そのうち分かるんじゃない?」

「おいいい何だよそれ〜!!」


俺が頬に感じたのは、確かに市ノ瀬の吐息だった。
市ノ瀬は確かに俺にキスをした。

そしてよく見ると、市ノ瀬の耳が少し赤くなっているような…?
そうかそうか、普段あんなに何があっても余裕そうな市ノ瀬でもさすがに恥ずかしかったんだな!


「柚原」

「ん〜?」

「…また明日な」

「あ!そーやって強制的に会話終わらせようとしてるだろ!!」

「じゃなくて。ほら、時刻」

「うわやっべ、母ちゃんから鬼LINE来てる!早く帰んねーと!!」

「ん。だから…また明日な」

「お、おうっ!また明日な!!」


何だか、今日の市ノ瀬の "また明日な" はどこか少し寂しそうな感じがした。

…俺の気のせいか?




【お題:また明日】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・柚原 愁 (ゆずはら しゅう) (受けみたいな)攻め 高1
・市ノ瀬 瑠貴 (いちのせ るき) (攻めみたいな)受け 高1

(↑その日のお題で書けそうなキャラの組み合わせで書いてるせいで話が飛び飛びになりすぎてるので、過去作にも追記済みです)

5/21/2024, 1:38:00 PM

#ある殺し屋さんの苦悩 (BL)

Side:Koichi Sugoh



開店前に徹底的に磨き上げたグラスに、仕込んでおいた丸い氷を落とし、ウイスキーを注ぐ。

それを差し出すと、早速とばかりに何やら怪しい薬を仕込もうとする輩が1人。
暗殺でも企てているのだろうか。それとも自白か。はたまた…。

…しかしこれは、アンダーグラウンドな世界に生きる者たちが束の間の癒しを求めて訪れるこの店ではあってはならないこと。
お客に癒されてもらうためには、こういった企みを阻止しなくては。


「お客様」

「ひょえっ!!ま、マスター…!頼むよ、どうしてもヤツに取引先を吐かせるのに必要なんだ…!!」

「…」

「お、おいマスター!!頼むからアイスピック持ったままこっち向くのやめてくれーー!!」


ただ物腰が柔らかくても、彼らを制圧できる戦闘力が備わっていなければこの店のマスターは務まらない。
後で少し掃除をする手間はかかってしまうが、店の治安を守るためなら致し方ない。


…そうこうしているうちに、別の意味で店の治安を悪くするお客がやってきた。


「…そこにいることは分かっているんですよ、姫川さん」

「Oh~!さっきからいたけど一言も喋ってなかった藤佳さんの気配を察知するなんて、さっすが功一さん♡」


…姫川藤佳。
対暗殺者専門の秘密組織に属する傭兵である私がかつて殺し合ったことがある、凄腕の殺し屋。

この透明感のある美貌に騙された者は数知れずの、油断ならない男だが…最近になって、あんなに私を本気で殺しにかかってきていた彼の態度が何故かがらりと変わった。


「…何が目的だ」

「やっぱり功一さんの殺気立った目はかっこいいねぇ〜?ふふっ…敬語外れちゃうとこもゾクゾクしちゃう」

「…」

「もぉ〜っ、何で黙っちゃうの?ほら、藤佳さん今武器な〜んにも持ってないでしょ??」

「…素手も武器になるあなたが何を言っているんですか」

「ホントに殺すつもりないってば〜っ!ねぇ、信じて?」


彼と何度も殺し合った私が今更騙されはしない。
その飄々とした表情の裏に、殺意を隠し持っているはずだ。

…とは思ったものの、もし彼が私を本気で殺す気ならばここで無駄話を挟んだりはしないだろう。

私は姫川さんの胸に向けて突きつけたアイスピックをゆっくりと降ろした。


「ねぇ…功一さん」

「…はい」

「勘違いしないでね?俺…藤佳さんは功一さんに惚れたわけじゃないから。絶っっ対に」

「いきなり何の話ですか」

「とにかくっ!殺ろうと思えば殺れるんだからね!今は殺らないだけ!」

「…」


この人の考えていることは未だによく分からない。
殺し合いをしに来たのかと思いきや何もしてこなかったり、何もしてこないかと思えば謎の宣戦布告をしてきたり。

私が唯一彼につけられたのは、彼の白い背中に残る小さな切り傷だけ。

…そんな私たちの関係は、これから先も決して透明にはならない。
だが…何故この男は今、私を殺そうとしないのだろうか。

私はその理由が知りたくてたまらない。


「…その理由は教えてはくれないんですね」

「へっ!?な…何何?功一さん今日おしゃべりだね??」

「あんなに私を殺しにしかかってきていたあなたが、何故今は私を殺そうとしないのか…その理由を知りたいだけです」

「!!?」


バーカウンターから離れて壁際へとゆっくりと近づいていくと、余裕綽々とした態度だった姫川さんの顔がみるみる赤くなっていく。

彼のこんな表情は、今まで見たことがない。
理由を言いたがらない理由は何だ?


「あ、あの〜、功一さん!?こ、こんなところでそんな…他のお客さんもいるしっ!」

「…あなたが早く理由を教えてくれればいいだけですよ」

「ちょっと、功一さ…────── わああっ!!」

「…!」


ああもう…いつも私を振り回して、なんて危なっかしい人なんだ。

背後の本棚に激突しそうな姫川さんの背中を、私は間一髪のところでキャッチした。
…キャッチは、できたのだが…。


「…」

「おぉ〜っ!?殺し屋界の姫に壁ドンなんて、マスター大胆っすねぇ〜!!」

「ちょ、シーーッ!!もうっ、功一さんをからかわないの!みんな散った散ったぁ!!」

「ちぇーーーっ」


…やってしまった。
事故とはいえ、よりによって他にお客がいる前で。


「こ、功一しゃん…」

「…何です?理由を教えてくれる気になりましたか?」

「…」

「…姫川さん?」

「…過去イチ距離近い…しゅきいいいぃ…♡」

「…は…?」


…ダメだ。これでは話にならない。

とりあえず店の中での殺し合いは避けられたので、私は引っつこうとする姫川さんを何とか引き剥がしてソファーに座らせた。


私たちの関係はグラスの中の氷ほど透明でも澄んでもいないが、少なくとも…血の色に染まることはしばらくはなさそうだ。




【お題:透明】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・菅生 功一 (すごう こういち) 攻め 37歳 傭兵(兼バーのマスター)
・姫川 藤佳 (ひめかわ とうか) 受け 26歳(※真偽不明) 殺し屋

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