月園キサ

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#ある殺し屋さんの苦悩 (BL)

Side:Koichi Sugoh



開店前に徹底的に磨き上げたグラスに、仕込んでおいた丸い氷を落とし、ウイスキーを注ぐ。

それを差し出すと、早速とばかりに何やら怪しい薬を仕込もうとする輩が1人。
暗殺でも企てているのだろうか。それとも自白か。はたまた…。

…しかしこれは、アンダーグラウンドな世界に生きる者たちが束の間の癒しを求めて訪れるこの店ではあってはならないこと。
お客に癒されてもらうためには、こういった企みを阻止しなくては。


「お客様」

「ひょえっ!!ま、マスター…!頼むよ、どうしてもヤツに取引先を吐かせるのに必要なんだ…!!」

「…」

「お、おいマスター!!頼むからアイスピック持ったままこっち向くのやめてくれーー!!」


ただ物腰が柔らかくても、彼らを制圧できる戦闘力が備わっていなければこの店のマスターは務まらない。
後で少し掃除をする手間はかかってしまうが、店の治安を守るためなら致し方ない。


…そうこうしているうちに、別の意味で店の治安を悪くするお客がやってきた。


「…そこにいることは分かっているんですよ、姫川さん」

「Oh~!さっきからいたけど一言も喋ってなかった藤佳さんの気配を察知するなんて、さっすが功一さん♡」


…姫川藤佳。
対暗殺者専門の秘密組織に属する傭兵である私がかつて殺し合ったことがある、凄腕の殺し屋。

この透明感のある美貌に騙された者は数知れずの、油断ならない男だが…最近になって、あんなに私を本気で殺しにかかってきていた彼の態度が何故かがらりと変わった。


「…何が目的だ」

「やっぱり功一さんの殺気立った目はかっこいいねぇ〜?ふふっ…敬語外れちゃうとこもゾクゾクしちゃう」

「…」

「もぉ〜っ、何で黙っちゃうの?ほら、藤佳さん今武器な〜んにも持ってないでしょ??」

「…素手も武器になるあなたが何を言っているんですか」

「ホントに殺すつもりないってば〜っ!ねぇ、信じて?」


彼と何度も殺し合った私が今更騙されはしない。
その飄々とした表情の裏に、殺意を隠し持っているはずだ。

…とは思ったものの、もし彼が私を本気で殺す気ならばここで無駄話を挟んだりはしないだろう。

私は姫川さんの胸に向けて突きつけたアイスピックをゆっくりと降ろした。


「ねぇ…功一さん」

「…はい」

「勘違いしないでね?俺…藤佳さんは功一さんに惚れたわけじゃないから。絶っっ対に」

「いきなり何の話ですか」

「とにかくっ!殺ろうと思えば殺れるんだからね!今は殺らないだけ!」

「…」


この人の考えていることは未だによく分からない。
殺し合いをしに来たのかと思いきや何もしてこなかったり、何もしてこないかと思えば謎の宣戦布告をしてきたり。

私が唯一彼につけられたのは、彼の白い背中に残る小さな切り傷だけ。

…そんな私たちの関係は、これから先も決して透明にはならない。
だが…何故この男は今、私を殺そうとしないのだろうか。

私はその理由が知りたくてたまらない。


「…その理由は教えてはくれないんですね」

「へっ!?な…何何?功一さん今日おしゃべりだね??」

「あんなに私を殺しにしかかってきていたあなたが、何故今は私を殺そうとしないのか…その理由を知りたいだけです」

「!!?」


バーカウンターから離れて壁際へとゆっくりと近づいていくと、余裕綽々とした態度だった姫川さんの顔がみるみる赤くなっていく。

彼のこんな表情は、今まで見たことがない。
理由を言いたがらない理由は何だ?


「あ、あの〜、功一さん!?こ、こんなところでそんな…他のお客さんもいるしっ!」

「…あなたが早く理由を教えてくれればいいだけですよ」

「ちょっと、功一さ…────── わああっ!!」

「…!」


ああもう…いつも私を振り回して、なんて危なっかしい人なんだ。

背後の本棚に激突しそうな姫川さんの背中を、私は間一髪のところでキャッチした。
…キャッチは、できたのだが…。


「…」

「おぉ〜っ!?殺し屋界の姫に壁ドンなんて、マスター大胆っすねぇ〜!!」

「ちょ、シーーッ!!もうっ、功一さんをからかわないの!みんな散った散ったぁ!!」

「ちぇーーーっ」


…やってしまった。
事故とはいえ、よりによって他にお客がいる前で。


「こ、功一しゃん…」

「…何です?理由を教えてくれる気になりましたか?」

「…」

「…姫川さん?」

「…過去イチ距離近い…しゅきいいいぃ…♡」

「…は…?」


…ダメだ。これでは話にならない。

とりあえず店の中での殺し合いは避けられたので、私は引っつこうとする姫川さんを何とか引き剥がしてソファーに座らせた。


私たちの関係はグラスの中の氷ほど透明でも澄んでもいないが、少なくとも…血の色に染まることはしばらくはなさそうだ。




【お題:透明】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・菅生 功一 (すごう こういち) 攻め 37歳 傭兵(兼バーのマスター)
・姫川 藤佳 (ひめかわ とうか) 受け 26歳(※真偽不明) 殺し屋

5/21/2024, 1:38:00 PM