月園キサ

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#澄浪さんの好きなひと (BL)

Side:Ichiru Suminami



先月、ダンスと演技の知見を広めるために初めてストリップショーに出演した。

普段出ているダンスショーと違って演じる側も見る側も何となくハードルが高くて、敷居が高そうに思われがちなこの世界だけれど…一度足を踏み入れてみるとただセクシーに脱いで見るだけじゃない、奥の深い世界だった。

あれから1ヶ月経っても忘れられない光景が、あのステージにはあった。


今日は俺の友人の恭士が経営しているバーで、そのショーを企画してくれたとあるクラブのオーナー・ヒロカさんと飲んでいる。


「ミナミく〜ん、今度うちのクラブでメンズストリップやるんだけど出ない〜?」

「いえ…私にはやっぱり今までのダンスショーが合っているみたいなので」

「あらぁそれは残念〜!もしかして、お客さんと何かあったとか?それともメンバーと?」

「…いえ、そういうわけではないんです。ただ…私には向いていなかったなと思っただけで」


…違う。あのショーに出たことで苦い思い出ができたとか、そういうわけじゃない。

ただ…あの日の観客の中にいた、今まで接してきたお客とは全く違うタイプの男性のことが忘れられないだけだ。

その人とはバーの隅でぐったりとしているのを助けて少し話をしただけで、名前は知らない。
でも、このディープな世界とは無縁そうな彼の純情なリアクションのひとつひとつが可愛らしくて、放っておけなかった。

一緒に来ていた別の男性からのせられるままにチップを口に咥えた時なんて、なんて素直な人なんだろうと微笑ましくなった。

…あ。俺がチップを受け取った直後に気絶しちゃっていたけど…あの後ちゃんと帰れたのかな。

…どうしよう、気になる…。


「ふ〜ん…?ミナミくん、やっぱり何かあったんでしょ!恋する乙女みたいな顔してる!」

「えっ?い、いえ…本当に何でもないです」

「もおおお隠さなくていいってば!教えてよ、どんな人?」

「…一言で言うなら…このような世界とは無縁そうな、ピュアな人です」

「きゃぁーーーー!ミナミくんにも恋の季節が来たのねぇ〜!!」

「それが…私にもよく分からないんです」

「じゃあ、会ってみたら?恋ならビビッと来るかも!」

「…名前も知らないんです。ただ…気になってしまって、忘れられなくて」

「えぇっ、それってつまり一目惚れってこと〜!?」


恋バナが大好きなヒロカさんがそろそろ暴走しそうなので、これ以上彼女に話すのはやめておくことにした。

でも…もしこれが本当に恋なのならば、一目惚れなのかもしれない。

熱狂的なファンに囲まれ慣れているせいなのか、それとも世間一般的に言われている恋と呼べるような恋をしたことがないせいなのか、観客の中で孤立している彼に何故か強く惹かれている自分がいた。

だからこそ…これが俺の勘違いではなく、本当に恋なのかどうか知りたい。
こんなにも彼のことを考えてしまう理由が知りたい。

でも…名前を知らない彼に、どうやって会えば…。


「あの…こ、こんばんは…」

「おぉ〜っ!外園さんおひさっす〜!」

「やぁ!いらっしゃい外園君」

「あ…篤月くん、名渚さん、お久しぶりです…」


…と思っていたら、思いもよらない奇跡が起きた。
覚えている。俺はこの声を、はっきりと覚えている。

あの日俺がテーブル席で話した彼は、外園さんというらしい。
まさか彼が弟とも恭士とも知り合いだったなんて…。


外園さんがどこか遠慮がちに俺の隣のカウンター席に座ってきたことで、もう一度お近付きになるチャンスが巡ってきた。


「…!」

「あれ?えっ、待って、もしかして…この子がミナミくんの言ってた、名前を知らない彼?」

「…シッ、ヒロカさん…声が大きいです」

「如何にも遊び慣れてなさそうな感じがするけど、可愛い子ね?うふふ…」


…どうしよう、話しかけてみようか。
でも、この完全オフな見た目の俺で話しかけたところで、ステージ衣装を着た俺しか知らない外園さんは「誰?」と思うに違いない。

すると、俺の迷いを察知したらしい恭士がさりげなく助け船を出してくれた。


「あ、外園君に紹介してなかったね。君の隣にいる彼は僕の友達の澄浪伊智瑠。ミナミって名前でダンスショーに出てるんだ」

「…え、えっ!?あの…澄浪さんってあの時のミナミさん、なんですか?」

「はい…ミナミは私のダンサーとしての名前で、本名は伊智瑠といいます。まさか弟の篤月とも知り合いだったとは思いませんでした」

「えっと、えっと…僕は外園摩智…です。あの時は本当にありがとうございました…」


よかった…何とか自己紹介できた。恭士、ナイスアシスト。

さて、次は俺が本当に恋をしているのかどうかを確かめよう。
もしこれが勘違いだったのなら…その時はその時だ。


「…いえ。あんなにぐったりしている人を放ってはおけませんから、助けることができてよかったです」

「あ、あの…ごめんなさい…。えっと…ストリップショーを見たのはあの日が初めてで、僕には…その、刺激が強かったみたいで…」

「あの日はこちらのヒロカさんからのお誘いがあって出たんですよ。いつもの私は脱がないんです」

「そうそうっ、ワタシがミナミくんにストリップやってみないかって誘ったの♡」

「ええっ…!?そ、そうなんですか…?」


…可愛い。外園さんは、やっぱり可愛い人だ。
素直で、ピュアで、控えめで…一緒にいて心地がいい。

ふと篤月と恭士のほうを見ると、何を思ったのか2人とも俺のほうを見てニヤニヤしている。
全くもう…。さては後で俺をとことんイジる気だね?


俺は2人に向かって呆れ顔で肩をすくめて見せてから、外園さんのほうへ向き直った。


「あの…外園さん。もし良かったら、連絡先の交換しませんか?こうしてまたお話できたのも何かの縁ですし」

「んえっ!?ぼ、僕なんかで…いいん、ですか?僕…あんまり面白い話とか、できませんが…」

「ふふっ…えぇ、もちろんです」


今まで感じたことのない、この胸の高鳴り。
初めて知るあたたかさが、体の内側からゆっくりと広がっていく。

皆に好かれ愛されることこそが自分の存在意義だと思い続けて、いつも受け身で想われる側だったあの頃の俺には分からなかった感情だ。

…多分俺は、初めて想う側になったんだと思う。

この感情からは逃れられない。いや…逃れたくない。
初めて知ったこの感覚に身を任せてみたい。


そんな俺が外園さんの衝撃的な秘密を知ってしまうのは、これより少し先の話になる。




【お題:逃れられない】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・外園 摩智 (ほかぞの まち) 攻め 25歳 リーマン ノンケで童貞

・ミナミ/澄浪 伊智瑠 (すみなみ いちる) 受け 31歳 ショーバーのパフォーマー ゲイのネコ


・澄浪 篤月 (すみなみ あつき) 21歳 伊智瑠の弟 恭士の経営しているバーのウェイター バイのタチ

・名渚 恭士 (ななぎ きょうじ) 31歳 伊智瑠の友人 バー "Another Garden" のオーナー バイのバリタチ

・世古 諒 (せこ りょう) 21歳 篤月の彼氏 大学生 元ノンケ


・ヒロカ 伊智瑠が出演したストリップショーの企画者

5/23/2024, 2:19:39 PM