月園キサ

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#澄浪さんの好きなひと (BL)

Side:Kyoji Nanagi



僕の経営するバー "Another Garden" には、もはやイツメンと言ってもいいほどによく来てくれるお客さんがいる。

1人目は僕の中学生の頃からの友人で、ダンスが得意なパフォーマーの伊智瑠。うちでウェイターとして働いてくれている篤月君は彼の弟だ。

2人目は大学生の世古諒君。篤月君の高校の時の同級生にして、彼のできたてホヤホヤの彼氏さんだ。

そして最近…3人目のイツメンが増えた。


"あの〜、すみませんまだ開店前なんですが…"

"ひぇっ!す、すみません…!あの…その…まさか、仕事帰りに大雨が降るなんて思ってなくて、ここで少し雨宿りをと…"

"あぁ、なるほど!今日の天気予報大ハズレでしたもんね"


あれは約2ヶ月前の、激しい雨の日のこと。
僕がいつものようにバーの開店準備をしていたら、窓の外にずぶ濡れの男性が立っていることに気づいた。

ガタガタ震えている彼を見ていたら放っておけなくなって、僕は彼にあたたかいコーヒーとクッキーを提供した。
それをきっかけに少しずつ彼との交流が増え、お店に通ってくれるようになったというわけだ。


…そんな彼がまさか、伊智瑠にとっての特別な人になるだなんてねぇ。


「あの…こんばんは…」

「外園君、いらっしゃい!いつものかな?」

「は、はい…!」


彼もとい外園摩智君は、今日も仕事帰りでお疲れ気味だ。
…でも何だか、ここに通い始めたばかりの頃に比べてどこか楽しそうな表情を見せてくれることが増えたような。

何かいいことがあった、といったところだろうか。


「外園君、どうしたの?何か嬉しそうな顔してるけど」

「んえっ…そ、そんな顔…してました…?」

「ふふっ…もしかして、伊智瑠のことだったりして?」

「ファッ!?え、えと…えっと…」


あはは、なんて分かりやすい子なんだろう。確かに彼は伊智瑠が今まで接したことがないタイプだ。

僕はコーヒーカップを外園くんの前に差し出して、彼に向かってニヤリと笑ってみせた。


「伊智瑠のこと、気になってる?」

「…気になってるというか…その…僕みたいな地味男が、友達になっていいのかなって…」

「どうやって仲良くなったらいいか分からない、とかじゃなくて?」

「そ、そう!それもあります…」

「ふふふ…じゃあ、伊智瑠のいちばん好きなものを教えてあげちゃおうかな。知りたい?」

「えっ…知りたいです…!教えてくださいっ」


僕はバーカウンターに頬杖をついて、外園君の素直な反応にクスクス笑った。


「それはズバリ…ネット上でも素顔を知られていない謎の覆面ピアニスト、CHiMA (ちま) さんだよ」

「…!」


CHiMAさんの名前を口にした瞬間、何故か外園君の表情が一瞬曇った気がした。

それから外園君は「そうなんですね」と笑ってくれたけど、その表情の変化がどうも引っかかる。


「…どうしたの?」

「いえ…実は僕も好きなんです、CHiMAさん。あまり多くの人に知られてはないアーティストさんなので、まさか仲間がいるとは…えへへ」

「そうなの?伊智瑠はCHiMAさんに関する最新情報は必ずチェックしてるって言ってたよ。篤月君にも布教してさ、今じゃ兄弟揃って大ファンなんだよ」

「そ、そうなんですか…?えへへ…仲間がいて嬉しいです」

「僕も2人に勧められて聴いてみたんだけど、作曲もできるってすごいよね」


外園君も確か、ピアノが弾けるんだっけ。
もしかして、CHiMAさんに憧れていたりするのかな?
…それともまさか…ね。

僕は頭を振ってそれ以上詮索するのをやめた。


「…あ。雨降ってきたね、外園君傘持ってきてる?」

「き、今日は持ってきてます…折り畳み傘。そういえば…初めてこのお店に来た時は、僕…びしょ濡れでしたよね」

「あはは!そうだったね、それで僕がコーヒーとケーキを出して雨宿りしていきませんか〜って」

「そう、そうです…へへ。あの日雨が降ってなかったら、ここの常連になることもなかったかもしれません」


雨の日は客足が遠のくからあまり好きではなかったけど、雨がきっかけで繋がる縁というものもあるものなんだなと知った。

…さて、時刻は午後9時。そろそろダンスショーの出番終わりでヘトヘトな伊智瑠と、バイト終わりの世古君が来る時間だ。

また外園君と伊智瑠の中学生みたいな距離感の会話が見られるのかなと思うと楽しみでしかない。


「こんばんは」

「…どうも」

「兄貴!諒!お疲れぇーーー!!」

「ありがとう篤月…あっ」


おっ?伊智瑠が外園君に気づいた。
中学生の頃からの友達である僕には分かる。伊智瑠は明らかに、外園君を意識している。

いつ見ても微笑ましいな、この2人は。


「みんな、今日も来てくれてありがとう。ちょっと早めにお店閉めるから、ゆっくり飲んでって」

「わっ…あ、ありがとうございます、名渚さん…!」

「…ごちそうさまです」

「名渚さんっ、オレも飲んでいいっすか!?」

「うんうん、今日は他にお客さんいないからみんなで飲もうよ」

「よっしゃーーー!!飲むぞぉ!!」

「篤月、あまり張り切りすぎないでね?」

「…伊智瑠さん、俺が介抱するんで心配しないでください」

「オレが潰れる前提で話進めんなよ諒!!」


結局僕ら5人のイツメン飲み会は、約3時間後に強い雨音が再び静かになるまで続いた。




【お題:降り止まない雨】


◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・外園 摩智 (ほかぞの まち) 攻め 25歳 リーマン ノンケで童貞

・ミナミ/澄浪 伊智瑠 (すみなみ いちる) 受け 31歳 ショーバーのパフォーマー ゲイのネコ


・澄浪 篤月 (すみなみ あつき) 21歳 伊智瑠の弟 恭士の経営しているバーのウェイター バイのタチ

・名渚 恭士 (ななぎ きょうじ) 31歳 伊智瑠の友人 バー "Another Garden" のオーナー バイのバリタチ

・世古 諒 (せこ りょう) 21歳 篤月の彼氏 大学生 元ノンケ

5/25/2024, 2:03:57 PM