主人は大きな箱を僕の前に置いた。
「今日からよろしくな」
真っ白で角が整えられたそれは縦にながく、主人が一抱えするくらいだった。
主人は箱の向こう側から僕をのぞき込んでいた。
その夜、主人は箱の蓋を1枚ぺろりとめくった。
中身は僕への贈り物だと思っていたけど蓋はあいていないみたいだ。
毎日主人は蓋をめくる。まだまだ中身は出てこない。
ある日主人の手元が狂ってはこがぽさんと落ちてきた。
ちょうどはこが半分くらいの長さになった時だった。
箱は真ん中でぽっくり折れて地面に落ちてちょっとのところで繋がっていた。
箱は箱じゃなかったんだ。
断面はみっちり詰まった箱はただの紙の束だった。
僕はその文字を見て何も言えずにいた。
そこにあったのは僕の名前。
そして残り100日/365日という文字。
これがゼロになったら僕はどうなるんだろう。
僕は不安な感情を主に向けた。
「怪我はなかったかい?まだ時間はたっぷりあるからね」
その日はどんどん近づいた。
紙の束は薄くなり、そのうち間違えて捨ててしまいそうになるほどだった。
主人は時々寂しそうな顔はしたけれど躊躇いなくぺろりとめくった。
あと5回くらいめくったら【そこ】についてしまう。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 𖤣𖥧𖥣𖡡𖥧𖤣 ┈┈
カレンダー
少年は一世を風靡する役者だった。
齢6と若くして子役界一の演技をした彼は10ばかりとなった今、彼が出演する作品はすべて彼の代名詞となるほどであった。ほかの役者は溜まったものでは無いがもはや恨むでもなく彼と共演したことを喜んだ。
しかし転機は唐突に起きた。
目が覚めると彼は膝丈程の小さなカゴに押し込められていた。
あかりもないなかでむき出しの体と金属のカゴが擦れた。
商売道具である体に傷がつくことを恐れたが次第にそれも気にならなくなった。
時期が来ると花が咲く。そこで終わりだと誰しもが思っている。
そうだろう?期が熟してここだと思って花開く。だがその経験を元に実を結ぶのだ。
期を待ち続けよ。
実が落ちるのはまだまだ先だ。
人間、人間、ニンゲン、ニンゲン
「なあ神様、オレの名前知ってる?」
「なんだ貴様は、」
小生意気な人間が現れた。
【神様】は額に浮かぶ汗を拭い去りながら怪訝な顔をする。
生意気な人間が現れた。と、もしここが神殿ならそう思っただろう。
しかしここは見渡す限り荒地の続く屋外であり、厳密に言えば【神様】は神ではない。呼び名である。
ではなぜ不機嫌なのかと言うと小生意気な口を効く【男】は修行と称したトレーニングのためにに【神様】を連れ出しており、まさに先程まで拳を突合せていた。
やっとひと段落ついて小休止になったかと思えば先のやり取りである。どこまで私を振り回すのか、と口にせずとも顔は語っていた。
「神様オレの事名前で呼ばないじゃん」
「貴様だってそうだろう」
「神様が呼ばないからな」
そういえば出会ってすぐのころに【男】は【神様】を名前で呼んだことがあったが、その時すっかり頭に血が上っていた【神様】の耳には届いてなかったのである。
「オレのこと名前で呼べよ」
「ならば貴様が我が名を呼べ」
「えー、」
昼間の熱をたっぷりと吸い込んだアスファルトはとっくに日が落ちたにも関わらずまだ熱を発し続けて靴の裏をつたう。
子が寝ついて可愛い伴侶もその隣の部屋にこもってしまったことを確認して、俺は1人家を出た。
なに、ただの散歩だ。
地面が熱を発するのと同じく俺も昼間のうだる様な熱を外に吐き出すのだ。
夜道をあてもなく歩いていくと俺の背丈より少し高い低木がしげり始める。夏の虫に加えて近くに水場があるのかカエルらがぎゃあぎゃあと騒いでいる。
ぶわりと大風が吹けばこんどは低木がガサガサと音を立てる。
もうそろそろ家からは十分距離が離れたことを確認して俺は天を仰いだ。
今日は曇り。雲が空を覆ってしまっていた。
深呼吸をして 空に浮かぶとそれまで体重を支えていた足が自由になる。
全身で風邪を受けながら丁度雲と地表の中間まで浮かんだところで今度は地面と平行に飛ぶ。
今日は曇りだしこの時間にそうそう空を拝んでいる人間はいないだろう。仮に居たとしても黒い色の服を着ているから願わくは見つけられずにいて欲しい。
地面に背を向けて飛び続けているうちに雲の切れ目を見つけて、今度はそこへめがけて方向を変える。
ずっと昔、空を飛ぶことを学び飛び始めてから学んだ。ひとつはなるべく雲の近くを飛ばないこと。
敵襲は感知できるが小さな生き物や無機物は感知が遅れて衝突する可能性がある。
向こうもひとたまりもないだろうが、お互いの速度によってはこっちも危ない。視覚と感覚のふたつで警戒すべきだ。
だからもちろん雲の中なぞ論外である。敵の目眩しに使えなくなないがリスクはある。
先日息子がカッコつけか何か知らないが雲の中から登場した時には強めに叱った。
息子がぶすくれていたせいで必要以上に叱った気がしなくも無いがこれも子育てだ。
話が脱線したが、雲の切れ間を狙ってようやっと雲の上までたどり着いた。
見事なまでの分厚い雲で、突破にわすがながら時間を要しただけあって見事な雲海が広がっていた。
雲が月明かりを反射させ、辺り一面が眩く光り輝いている。
大きく息を吸いこめば月光の香りがするようだった。
水面のように均一な雲海を眺めて意識を集中する。
見える範囲内には何もいない。
ふっと胸を撫で下ろして、とんだ。
地に背を向けて天を仰ぐと月明かりを全身に浴びられる。