なこさか

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10/29/2023, 12:39:29 PM




 もしもの話



 「ねぇ、私たちって驚くほど性質が真逆だよね」

 晴れ渡った青空の下。こんな日の昼休みは屋上で過ごすのがうってつけだと、彼女に言われて私はここにいる。
 その彼女が急にそんなことを言い出すので、私は飲んでいた緑茶を盛大に咽せた。

 「あー、もう何してんの」

 「それはこっちの台詞。急にどうしたのさ」

 「いや、ふと思っただけ。私は自由奔放で、思ったことを何でも口に出す。対してあなたは真面目で、思ったことはあまり口に出さないよね」

 「否定はしない。口にしたとて碌なことにならないからね」

 「でも、私の前だと違うよね」

 彼女はくすくすと笑う。
 否定はしない。事実その通りだ。彼女の前だと、ひた隠しにしていたはずの本音が露わになる。
 私は大袈裟にため息を吐いて、彼女を睨む。

 「お前のそういうところ、本当に嫌い」

 「私は君のそういう棘のある言葉、好きだよ」

 「棘のある言葉はそっちがよく使っているじゃない。他の子と喧嘩だってよくしているし、止めるこっちの身にもなってよ」

 「まさか。君は私にそれができると思ってる?」

 「いいや。少しも。ただの理想論だよ」

 勝ち誇ったように笑う彼女に、私はピキッと青筋が立つのを感じた。
 こいつの言動に腹が立つ。私の気が短いとかそんなのじゃなくて、こいつの言動が神経を逆撫でしてくる。
 深く呼吸をして、私は口を開く。

 「たとえばの話」

 「ん?」

 「もしも、私と君の手元に銃があって、どちらかが死なないといけない時。君は躊躇いなく私の眉間を撃ち抜くことできる?」

 ただの心理テストだ。普通なら、撃てるはずがない、そんなことをするくらいなら自分で死ぬ、とかが定石だ。しかし、目の前の彼女は違う。
 私とは違う道を歩いてきた彼女だというのに、考え方がとてつもなく似ている私たち。親友、と呼んで良いのかは分からないけど、お互いに本音で言い合うことは出来る。

 「もちろん。その時は君の眉間を撃ち抜くよ」

 清々しいくらいの笑顔で彼女は答えた。

 ああ、なんて素敵な答えだろうかと。私は自然と頬が緩むのを感じる。

 「そう。私もその時は君を殺すよ。その時になれば、お互いを切り捨てられる。……どうして、そこだけは似ているのだろうね。私たちは」

 「知らなーい。でも、似ていることは悪くないでしょ?だって、理解者になれるってことだもの」

 「まあね」

 私は緑茶を一口飲む。今の話は例え話、だったけど、仮にもしもだ。別の世界線で、私と君が本気で殺し合うことになって。
 私が、君のことを手にかけた時に。君の亡骸を抱きしめて、私は、きっと。

 (……泣くんだろうなぁ)

 頭の中で物騒なもう一つの物語を描きながら、私は彼女を喪うことに恐怖しているのだと思い知った。

 

 

10/28/2023, 11:48:22 AM





 夜の散歩



 「来い」

 夜半過ぎ、遅くまで書類を読み込んでいた私の下へ来たのはヴァシリーだった。彼は一言だけそう言うと、私に向かって手を差し出す。
 断る理由が無いから、その手を取った。彼はぐいっと腕を引っ張って私を抱きかかえると、そのまま部屋の窓から外へ出た。
 季節は夏から秋へ。変わり目ということもあってか、夜は冷え込むようになった。それを配慮してからか彼は私を抱えた時、部屋にあった毛布を引っ掴んで私ごと包む。

 「何も無いか?」

 「大丈夫。ありがとう」

 「今日は新月らしい。何も見えないが、それはそれで楽しいだろう?」

 「ふふ。うん、とても」

 生活棟の屋根から屋根へ。空を飛ぶようにヴァシリーは走っていく。時折感じる浮遊感が心地よくて、私は終始にこにこ笑っていた。

 「楽しそうだな」

 「そう?」

 「笑っているのが見えるからな」

 「そういえば、夜目が効くんだった」

 そうして、地面に降り立ち歩き始める。生活棟を抜け出して、街へ出る。いつもなら賑わう街はしんと静まりかえっていて、別世界に来たような気さえする。

 「……静かね」

 「そうだな」

 「何だかあの時を思い出すわ」

 「出会った時の話か?」

 「ええ。こんな風に暗くて、誰もいなくなってしまって。……あの時はすごく、怖かった」

 「………それは、今もか?」

 顔をあげると、ヴァシリーは静かにこちらを見ていた。しかし、気遣うようなその視線は何処か子供のように幼く感じる。
 彼なりに案じてくれているのかもしれないと思い、私は笑う。

 「大丈夫。今は、怖くないよ」

 「そうか。……俺は、お前の苦しみが分からない。知ることも出来ない。悲しみも何もかも」

 「そうね」

 「だが、こうして居場所になることは出来る。お前が望むなら、俺の隣がお前の帰る居場所だ」

 「!」

 「不思議なことだが、お前が少しでも見えなくなるとどうしているのかと考える。次は何を教えようか、何をして遊ぶか、そんなことを考えている」

 「………」

 あのヴァシリーが他人のことを考えている。そのことにただ驚いて、目をぱちくりとさせていると、不機嫌そうに彼が睨む。

 「何だ、その顔は」

 「あなたが誰かのことを考えるのって、珍しいって……」

 「失礼な娘だ。教え子のことくらい考える師は幾らでもいる」

 「それでもあなたほど気まぐれな師はいないわ」

 「お前のように豪胆な教え子もおらんな」

 そうしてまた彼は歩き出す。
 気の向くままに、飽きるまで、この暗がりの中で。
 私たちは散歩をする。

 きっと、彼が飽きる頃には私は夢の中だろう。

  

10/27/2023, 10:56:09 PM






 友人たちの談話




 その扉を開けると、ふわりとセイロンティーの香りがした。先生は突然の来客に一瞬目を丸くしたもの、すぐに柔和な微笑みを浮かべる。

 「おや、珍しい。貴方が来ることもあるのですね」

 「……」

 「一人だけのアフターヌーンティーも良いかと思いましたが……気が変わりました。あなたもご一緒にいかがです?」

 「じゃあ、お言葉に甘えて」

 先生はすぐにもう一つのカップを用意すると、そこに琥珀色の液体が注がれていく。ふわりと紅茶の香りが一段と濃くなり、俺は自然と頰が緩むのを感じた。

 「ミルクとレモン。どちらがお好きですか?」

 「そのままで、大丈夫。ありがとう」

 席に着いて香りを少し楽しんだ後口に含む。ほんの少し苦くて、渋いけど、美味しい。

 「いつもここには幹部とミルが来ることが多いので、彼らが好きなものを用意しているんですよ。スピカはこういうのお好きですか?」

 「好き。……あの子も好んでいるし」

 「ふふ。あなたは本当にミルのことが好きなんですね」

 「うん。俺はあまり感情が表に出ないし、お喋りも得意じゃない。けど、あの子は俺にいつも優しくて、たくさん色んなことを話してくれる。……あの子のためなら、何でもしてあげたいって思う」

 はっ、と俺は我に返る。あの子のことを熱弁して、途端に恥ずかしくなる。顔がほんの少し熱くなったのは差し出されたあたたかい紅茶のせいじゃない、と思う。
 俺の反応に先生はくすくすと笑った。

 「あの、えっと……」

 「いいんですよ。それだけあの子のことを大事に想っていることが分かりますから」

 「……先生は、あの人の友達、なんだよね?」

 「ヴァシリーのことですか?友達……というより、何でしょうか。相談役とかそういったものの方が近いですね。あちらは私のことを友人、とかそんな優しいことを思っていないでしょう。自分には持っていない知識を持っている知恵者、みたいなもの。何せ、彼の性格はあなたもよくご存知でしょう?」

 「……うん。でも、俺の目から見て、あなたたちも俺たちと同じだと思う。だって、色んなことをあの人は貴方に聞いている。それは仕事のことだけじゃないって」

 「……ミルのことですか?」

 「うん。相談役っていうなら、自身の教え子のこと、教えたりしない。何かあっても私情を持ち込んだりしないと思う。俺ならきっとそうする」

 先生は少し考え込むように目を伏せる。そして、ふと可笑しいとでもいうように小さく笑った。

 「……不思議ですね。相談役、そう思うことで自分を納得させていたのに。あなたにそう言われて、嬉しいと思っている私がいます」

 「それで、いいと思う。あの人は確かに気まぐれだけれど、大切にしたい人ほど、多分不器用になる。ミルが落ち込んだ時どうしたら良いかわからない、とか、あなたと話す為には仕事の話じゃないと、みたいな口実が無いと出来ないとか」

 「……存外、私たちの友人たちは純粋すぎて不器用みたいですね」

 「俺もそう思う。だから、守ってあげたいって、力になりたいって感じるのかも」

 「違いありませんね」

 俺は一口紅茶を飲む。けど、それはすっかり冷めて苦くなっていて、思わず眉を顰めると先生は苦笑して「淹れ直しますね」と席を立った。

 お喋りに集中し過ぎた、と反省する味だった。

10/24/2023, 11:15:56 AM




 側に



 「お前にしては、珍しいな。風邪をひいて寝込むなど。前に外套をくれてやったろう?あれはどうした?」

 「着たよ……でも、まさか川に落ちるとは思わないでしょ……温かくなるどころか、一瞬にして冷たくなっちゃったよ……」

 私は、風邪をひいた。理由は任務の帰りにうっかり川に落ちたから。さらに運の悪いことにその日に限ってヴァシリーから貰った外套を着ていた。一緒に濡れてしまったそれは部屋に干されている。
 ヴァシリーは干された外套を一瞥した後、ため息を吐いて私の方へ振り返る。

 「………しばらくは寝ていろ。任務の書類も、こちらで預かる」

 「え、何で……」

 「真面目なお前のことだ。寝ていれば良いのに、書類などがあれば目を通したりするだろう?」

 「………」

 「これは預かるぞ」

 ヴァシリーはサイドチェストに置いていた書類を取ると、書類を持っていない方の手で私の頭を撫でる。本格的に熱が上がってきたのか、彼の手はいつもよりも冷たく感じた。

 (……冷たくて、大きな手。安心するな……あ、お父さんの手に似ているかも……)

 そう思った瞬間にじわりと目の前が滲む。見えなくなった視界の向こうでヴァシリーが驚いたように息を呑んだ。

 「な……」

 「……行かないで、何処にも。側にいて」

 思わず口からそんな言葉が吐いて出た。頭を撫でるヴァシリーの手を碌に力の入らない右手で握る。

 「置いて行かないで。良い子に、するから」

 どうしようもなく寂しくなった。ぼうっとする頭の片隅で、何処か冷静な思考が「死んだ両親のことを思い出したから」と結論に至っているのに、私の口から溢れるのは小さな嗚咽と幼子のような願いだった。

 「………」

 しかし、ヴァシリーは何も言わない。私の頭を撫でるその手がとても優しくて、ボロボロと涙があふれる。やがてヴァシリーは毛布ごと私を膝の上で抱えた。
 これまでに彼に抱えられることはあったけど、その中でも特に強い力で抱きしめられる。

 「……今更、捨てるはずも無かろう。お前は俺の教え子だ。お前の気持ちを蔑ろに出来るものか」

 「ほんとう?」

 視線をあげれば、戸惑いを浮かべた青い瞳と合う。

 「俺が今まで約束を破ったことは?」

 「無い。……信じるよ、ヴァシリー」

 「ああ。お前が起きるまでこうしてやる。だから、一度寝ろ」

 言われるがまま目を閉じる。思ったよりも早く睡魔はやって来て、私の意識はゆっくりと溶けていった。




 (……)

 こいつの泣き顔を見て、少し驚いた。こんなことで泣くような娘で無いと知っていたからだ。

 「……親、か」

 こいつの言葉はまるで、捨てられる前の幼子のようだった。いつもは表情一つ変えずに人命を奪うようなこの娘は、実のところずっと家族の温もりを求めていたのかもしれん。
 いつもなら捨て置くはずの考えだ。だが、いつになく俺は物思いに耽っていた。

 「くだらん」

 簡単なこと。俺がその居場所になれば良い。こいつが求めた家族の温もりを、俺が、与えてやれば良いだけのこと。

 「ミル」

 この娘の顔を見ていると落ち着くような、むず痒いような気分になる。この気持ちが何なのかは分からんが。

 (……悪くはない)

 起きたら、存分に世話をしてやることにした。この娘が望む全てを俺が与えてやる。
 そうすれば、こいつも俺に必要されていると嫌でも分かるだろうからな。

10/22/2023, 12:15:15 PM





 思慕



 「くしゅっ」

 ある日の兵法学の勉強中。ヴァシリーの部屋に来て、講義を受けている時に小さくくしゃみをした。顔をあげると、向かいに座っていたヴァシリーが怪訝そうにこちらを見ている。

 「……ごめんなさい」

 「………」

 ヴァシリーは小さく息を吐く。体調管理がなっていないと叱られると思った。でも。

 「最近、急に冷え込んだな」

 「?うん、そうだね」

 「お前に新しい服を用意してやらんとな」

 「えっ。いや、いいよ。私が……」

 「……俺が用意するものは受け取れないと?」

 じとりと睨まれ慌てて「そんなことない」と訂正すれば、ヴァシリーは満足そうに小さく笑う。

 「お前は俺の与えるものを大人しく受け取れば良い」

 「……分かった」

 ヴァシリーは椅子から立ち上がって私の背後に回ると、着ていた外套を私の肩に羽織らせた。

 「とりあえず、講義が終わるまではそれで我慢しておけ」

 「ありがとう」

 その後は何事もなく講義は進んで行った。



 数日後。季節は秋へと移り変わり、騎士たちの服装も厚着へと変わっていく。
 その日に部屋にやって来たヴァシリーもいつもは寛げている外套を珍しくきっちり着ていた。
 そして、彼の手には包みが。

 「言っていたものだ。くれてやる」

 「………」

 驚きながらも包みを開けると、そこにあったのは上質そうな黒い外套。襟元と袖口にファーが付いていて、ふわふわしている。

 「……いいの?」

 「くれてやると言ったんだ。受け取れ」

 無表情にそう言うヴァシリーとコートを私は交互に見る。

 (でも、無碍にするのも良くない……それに、気になる)

 着心地が気になって袖を通すと、とても心地が良かった。体温が外に逃げないから、すぐに温もりを感じるようになる。

 「気に入ったようだな?」

 「うん!とても!ありがとう、ヴァシリー」

 私の反応に気を良くしたのか、ヴァシリーは満足げに笑うと私の頭をくしゃりと撫でる。

 「お前はそうやって俺の与えるものに笑って受け取れば良い」

 「なら、その分あなたの為に役に立ってみせる。多分、物よりもあなたはそっちの方が喜んでくれるでしょ?」

 「はは!よく知っていたな。ミル」

 「十年も一緒にいるから。それくらいは」

 「そうか。だが、それでこそ俺の教え子だ」

 機嫌良さそうに笑うヴァシリーに私も笑い返す。
 普通の師弟と言うには少し歪かもしれないけど、少なくとも私は彼のことを師として慕っている。

 いつかあなたの隣で戦えるよう、頑張るよ。
 あなたはやっぱり私にとっての光。
 
 
 

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