思慕
「くしゅっ」
ある日の兵法学の勉強中。ヴァシリーの部屋に来て、講義を受けている時に小さくくしゃみをした。顔をあげると、向かいに座っていたヴァシリーが怪訝そうにこちらを見ている。
「……ごめんなさい」
「………」
ヴァシリーは小さく息を吐く。体調管理がなっていないと叱られると思った。でも。
「最近、急に冷え込んだな」
「?うん、そうだね」
「お前に新しい服を用意してやらんとな」
「えっ。いや、いいよ。私が……」
「……俺が用意するものは受け取れないと?」
じとりと睨まれ慌てて「そんなことない」と訂正すれば、ヴァシリーは満足そうに小さく笑う。
「お前は俺の与えるものを大人しく受け取れば良い」
「……分かった」
ヴァシリーは椅子から立ち上がって私の背後に回ると、着ていた外套を私の肩に羽織らせた。
「とりあえず、講義が終わるまではそれで我慢しておけ」
「ありがとう」
その後は何事もなく講義は進んで行った。
数日後。季節は秋へと移り変わり、騎士たちの服装も厚着へと変わっていく。
その日に部屋にやって来たヴァシリーもいつもは寛げている外套を珍しくきっちり着ていた。
そして、彼の手には包みが。
「言っていたものだ。くれてやる」
「………」
驚きながらも包みを開けると、そこにあったのは上質そうな黒い外套。襟元と袖口にファーが付いていて、ふわふわしている。
「……いいの?」
「くれてやると言ったんだ。受け取れ」
無表情にそう言うヴァシリーとコートを私は交互に見る。
(でも、無碍にするのも良くない……それに、気になる)
着心地が気になって袖を通すと、とても心地が良かった。体温が外に逃げないから、すぐに温もりを感じるようになる。
「気に入ったようだな?」
「うん!とても!ありがとう、ヴァシリー」
私の反応に気を良くしたのか、ヴァシリーは満足げに笑うと私の頭をくしゃりと撫でる。
「お前はそうやって俺の与えるものに笑って受け取れば良い」
「なら、その分あなたの為に役に立ってみせる。多分、物よりもあなたはそっちの方が喜んでくれるでしょ?」
「はは!よく知っていたな。ミル」
「十年も一緒にいるから。それくらいは」
「そうか。だが、それでこそ俺の教え子だ」
機嫌良さそうに笑うヴァシリーに私も笑い返す。
普通の師弟と言うには少し歪かもしれないけど、少なくとも私は彼のことを師として慕っている。
いつかあなたの隣で戦えるよう、頑張るよ。
あなたはやっぱり私にとっての光。
10/22/2023, 12:15:15 PM