友人たちの談話
その扉を開けると、ふわりとセイロンティーの香りがした。先生は突然の来客に一瞬目を丸くしたもの、すぐに柔和な微笑みを浮かべる。
「おや、珍しい。貴方が来ることもあるのですね」
「……」
「一人だけのアフターヌーンティーも良いかと思いましたが……気が変わりました。あなたもご一緒にいかがです?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
先生はすぐにもう一つのカップを用意すると、そこに琥珀色の液体が注がれていく。ふわりと紅茶の香りが一段と濃くなり、俺は自然と頰が緩むのを感じた。
「ミルクとレモン。どちらがお好きですか?」
「そのままで、大丈夫。ありがとう」
席に着いて香りを少し楽しんだ後口に含む。ほんの少し苦くて、渋いけど、美味しい。
「いつもここには幹部とミルが来ることが多いので、彼らが好きなものを用意しているんですよ。スピカはこういうのお好きですか?」
「好き。……あの子も好んでいるし」
「ふふ。あなたは本当にミルのことが好きなんですね」
「うん。俺はあまり感情が表に出ないし、お喋りも得意じゃない。けど、あの子は俺にいつも優しくて、たくさん色んなことを話してくれる。……あの子のためなら、何でもしてあげたいって思う」
はっ、と俺は我に返る。あの子のことを熱弁して、途端に恥ずかしくなる。顔がほんの少し熱くなったのは差し出されたあたたかい紅茶のせいじゃない、と思う。
俺の反応に先生はくすくすと笑った。
「あの、えっと……」
「いいんですよ。それだけあの子のことを大事に想っていることが分かりますから」
「……先生は、あの人の友達、なんだよね?」
「ヴァシリーのことですか?友達……というより、何でしょうか。相談役とかそういったものの方が近いですね。あちらは私のことを友人、とかそんな優しいことを思っていないでしょう。自分には持っていない知識を持っている知恵者、みたいなもの。何せ、彼の性格はあなたもよくご存知でしょう?」
「……うん。でも、俺の目から見て、あなたたちも俺たちと同じだと思う。だって、色んなことをあの人は貴方に聞いている。それは仕事のことだけじゃないって」
「……ミルのことですか?」
「うん。相談役っていうなら、自身の教え子のこと、教えたりしない。何かあっても私情を持ち込んだりしないと思う。俺ならきっとそうする」
先生は少し考え込むように目を伏せる。そして、ふと可笑しいとでもいうように小さく笑った。
「……不思議ですね。相談役、そう思うことで自分を納得させていたのに。あなたにそう言われて、嬉しいと思っている私がいます」
「それで、いいと思う。あの人は確かに気まぐれだけれど、大切にしたい人ほど、多分不器用になる。ミルが落ち込んだ時どうしたら良いかわからない、とか、あなたと話す為には仕事の話じゃないと、みたいな口実が無いと出来ないとか」
「……存外、私たちの友人たちは純粋すぎて不器用みたいですね」
「俺もそう思う。だから、守ってあげたいって、力になりたいって感じるのかも」
「違いありませんね」
俺は一口紅茶を飲む。けど、それはすっかり冷めて苦くなっていて、思わず眉を顰めると先生は苦笑して「淹れ直しますね」と席を立った。
お喋りに集中し過ぎた、と反省する味だった。
10/27/2023, 10:56:09 PM