hashiba

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6/8/2024, 8:47:35 AM

いかんせん、この人と知り合うまでの人生が長すぎた。大した秘密があるわけでもないが、何となく言わずにきたことが結構多い。細かすぎる好き嫌いやら、くだらなすぎる失敗やら。墓場まで持っていくには軽すぎるから、どこかで下ろしてしまいたい。たとえば死ぬ間際。もったいぶって大袈裟に発表して、何それ、と笑って見送ってもらえたら。などと思うけれどこの人の場合、確実に泣いてしまってそれどころじゃないだろう。では、一緒に死ぬのはどうか。やっぱり泣くだろうか。ついついこんな空想に耽ってしまう程度には、この人と過ごす時間は平穏そのものだった。ぼさっとしている間に、本当にこの人と一緒に人生が終わってしまいそうだ。


(題:世界の終わりに君と)

6/7/2024, 8:49:45 AM

元から多忙な上に今は更に繁忙期。「遅くなる」「先に寝ていて」彼からは連日そんなメッセージしか届いていない。置かれた立場や状況について理解しているし、こちらも時期に違いはあれど似たようなものだからお互い様だ。少し体が心配になるが、それくらいのものである。と、頭の中で今、何度も唱えて自分自身を抑えようとしている。もう何日もまともに触れ合っていなかった。無理解な子供が身の内から顔を出し、足りぬ寄越せと愚図り始める。彼がいた痕跡を探し、不在の部屋をうろうろ彷徨う。こんな醜い姿は知られたくない、別の部屋で寝よう、でも顔を見たい、できれば受け入れてほしい。浅はかに願う己に呆れ果てて不貞寝するまで、今日はあと何分かかるやら。


(題:最悪)

6/6/2024, 8:45:14 AM

この人の顔が世間一般に見てもかなり整っている方なのだと気づいたのは付き合ってしばらく経ってからだし、くしゃみをするときその整った顔が容赦なく不細工に歪むのが実はかなり好きだということは生涯この人に悟られないようにしたい。あまり見られたくないであろう姿を見て喜ぶ変態が恋人だなんて事実、一生知らなくていい。そう思っていたのにこの人ときたら、寝起きで浮腫んだ自分の顔を見てやたらにこにこ嬉しそうにしていた。正直引いたが、こっちはこっちでくしゃみ顔で喜んでいるから咎められない。変態が二人。恋愛感情というものは人間の目を狂わせるな、と他人事のように思う交際二年目の朝。


(題:誰にも言えない秘密)

6/5/2024, 7:06:32 AM

ここにロフトベッドとか置いて一人暮らししたい。倉庫部屋を掃除している最中、不意に彼はそんなことを言い出した。この家には寝室以外に彼の自室もあるのだが、突然の家庭内別居宣言である。少し面食らったが、本人が言うに「秘密基地みたいで楽しそう」とのこと。確かにこの部屋だけ四帖ほどしかなく、そう思う気持ちはわからなくもない。コンセントがここなら向きはこっちか、などと掃除を放り出しシミュレーションまでする始末。飄々としている彼の、普段あまり見せない子供っぽい部分。率直に可愛いと感じていたら次の瞬間「でもロフトで一緒に寝るのはきついよな」とか呟くからつい笑ってしまった。一人暮らしの設定はどこへ行ったのか。もっと若い頃に出会っていたら、そんな同棲生活もあったかもしれないけれど。お喋りは終わりと彼を掃除に引き戻す。さっさと終えて、今の自分たちの家に帰るために。


(題:狭い部屋)

6/4/2024, 7:52:05 AM

それなりに長く付き合い、そして振られた相手がいた。その相手曰く自分は「死ぬほど長生きしそう」なのだと。何をもってそう感じたかは不明だが、少なくともまるで褒めていないのはわかる。とりあえずこの歳まで大した病気もせずにきた。今、いい歳になった自分より更にいい歳の恋人ができて思う。あれを褒め言葉と捉えてしまおうか、と。死ぬほど長生きするなら、寂しがりなこの人がひとり残されて泣くこともない。それなりに長く付き合う程度には好きだったから、あの言葉を忘れることもおそらくない。だったら都合良く解釈を捻じ曲げて楽に生きてもいい気がしたのだ。言わずにただ思うだけなら自由である。この人に過去の相手のことなんて言えば、逆に早死にしかねないことをされそうだが。


(題:失恋)

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