hashiba

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6/4/2024, 7:52:05 AM

それなりに長く付き合い、そして振られた相手がいた。その相手曰く自分は「死ぬほど長生きしそう」なのだと。何をもってそう感じたかは不明だが、少なくともまるで褒めていないのはわかる。とりあえずこの歳まで大した病気もせずにきた。今、いい歳になった自分より更にいい歳の恋人ができて思う。あれを褒め言葉と捉えてしまおうか、と。死ぬほど長生きするなら、寂しがりなこの人がひとり残されて泣くこともない。それなりに長く付き合う程度には好きだったから、あの言葉を忘れることもおそらくない。だったら都合良く解釈を捻じ曲げて楽に生きてもいい気がしたのだ。言わずにただ思うだけなら自由である。この人に過去の相手のことなんて言えば、逆に早死にしかねないことをされそうだが。


(題:失恋)

6/3/2024, 8:13:26 AM

悪趣味だのしつこいだの、後になってから結構な物言いだ。誘った挙句煽り散らかしたのはそっちだろう。動けない彼に世話を焼きながら言い返せば、知らぬ存ぜぬ何のことだかと平然としらを切る。自らを省みて殊勝になった途端にこの態度。喉元過ぎれば何とやら。目の前には無防備に曝け出されたままの肌。散々なぞった箇所に指先を這わせば、文句ばかりの口がピタッと噤まれた。何ともわかりやすい。訝しげに見上げるその様も、今は少しだけ愉悦に映る。熱さを忘れたのなら、もう一度その中に放り込むまで。


(題:正直)

6/1/2024, 9:53:30 AM

二度寝から目を覚ませば既に昼前、隣の人は未だ夢の中。昨夜は残業で遅くに帰ってきて、倒れ込むように寝ていた。カーテンを閉めたままの薄暗いなか、何となく寝顔を観察してみる。整った顔立ちをしているが、目元口元には年相応に皺もある。この人も普通の社会人なのだ。いつも子供のように笑ったり泣いたりするから、そういうことも普段は忘れてしまっている。戯れに目尻をそっと撫でると、もぞもぞと身を捩って目を開けた。自分を見とめると嬉しそうに微笑んで、おはよう、と言う。若い頃はさぞモテただろうに、歳を食ってからできた恋人に対して素直で無邪気。そんな姿を見るたび、心がぐしゃぐしゃに乱れて仕方なかった。昼食を用意しようと部屋を出れば、起き上がって裾を掴んでついてくる。本当に、この人は。今日一日家の中に閉じ込めて、恋人としての姿を独占しても許されるだろうか。


(題:無垢)

5/31/2024, 7:24:11 AM

「あなたが自分を好きになったから、自分はあなたを好きになった」そう零す彼の表情は苦虫を噛み潰したようだった。元々こちらに気がなかったことくらい、最初からわかっている。付き合って同棲まで始めた今、あえてそれを口にするとは。踏み外さぬよう慎重にその真意を問えば、曰く「今までもらったものも返せていない」「期待されても応えられないかもしれない」だそう。今までになく沈痛な、掠れた声。しかし本人には申し訳ないが、聞いてこちらは毒気を抜かれてしまった。項垂れて黙り込んだ彼を正面から抱きしめる。そんな、不安になるまで想ってくれなくても。「それなら全部返してくれるまで一緒にいようか」我ながら寝言みたいな提案だが、案外しっくりくるのではないだろうか。しがみつく腕の力が、ほんのわずかに強くなった気がした。


(題:終わりなき旅)

5/30/2024, 6:56:12 AM

感情的な性格だからこそ、理性の殻が人一倍強い。忍耐強く丁寧に言葉を選んでわかり合おうとする様は、誤解も喧嘩もしないに越したことはない、とでも言わんばかり。あまりにもよくできた大人だった。そのあたり恋人としてはありがたい反面、時々気に入らない。スマホを放り投げ戸締りもとっくに済ませた二人きりの夜更け。「無理ならちゃんと言うから」そう宣言して主導権を明け渡す。聡いこの人は裏側の「言わないうちは構うな」を正しく受け取ったらしい。自分を見下ろしたまま小さな声で、けれどはっきりと謝罪を口にした。内心笑いが止まらない。謝らなければいけないことは最初からしない、という鉄則を自ら破ったのだ。硬い殻がぼろぼろと剥がれてシーツに散らばる。喧嘩のような戯れも、大人をやっていくなら時々は必要だろう。


(題:「ごめんね」)

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