hashiba

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「あなたが自分を好きになったから、自分はあなたを好きになった」そう零す彼の表情は苦虫を噛み潰したようだった。元々こちらに気がなかったことくらい、最初からわかっている。付き合って同棲まで始めた今、あえてそれを口にするとは。踏み外さぬよう慎重にその真意を問えば、曰く「今までもらったものも返せていない」「期待されても応えられないかもしれない」だそう。今までになく沈痛な、掠れた声。しかし本人には申し訳ないが、聞いてこちらは毒気を抜かれてしまった。項垂れて黙り込んだ彼を正面から抱きしめる。そんな、不安になるまで想ってくれなくても。「それなら全部返してくれるまで一緒にいようか」我ながら寝言みたいな提案だが、案外しっくりくるのではないだろうか。しがみつく腕の力が、ほんのわずかに強くなった気がした。


(題:終わりなき旅)

5/31/2024, 7:24:11 AM