朝からこれはどういう状況か。目を覚ますと彼の胸元に抱きかかえられ、もっと言えば延々と頭を撫でさすられていた。そういうキャラではないだろう、と無言で訴えても撫でる手が止まらない。また結構な寝ぼけ方をしたものだ。しかし彼は一体何と、あるいは誰と勘違いしているのか。もしかしなくても過去の相手、まで考えたところで突然頭から手が離れる。見上げればその顔は、薄闇でもわかるほど真っ赤。「忘れてほしい」と言い捨てて逃げるその体を引き止める。これは、そんな後ろめたいものではないな。顔がニヤけて仕方ない。詳細を伺うため再度ベッドへと引きずり込んだ。
(題:たとえ間違いだったとしても)
嬉しくなるとすぐに泣く、何なら子供よりも派手に泣く。あの人はそういう人だとよく知っていた。それでも告白を受け入れたあのとき、ぼたぼたと泣かれながら抱きしめられてさすがに少し引いた。好きな人とはいえ、さすがに。あれから日が変わって今、一人の夜。全身と肩口に感じた熱はとっくに消えた。ここにないものを手繰り寄せようと、ベッドの上で無駄に寝返りを繰り返す。確かに引いたはずなのに、この状況を持て余してどうしようもない。明日は会いに行こう、そして寂しかったと当てつけてみよう。また泣かれたらそれはそれで。
(題:雫)
「出張の土産」「箱買いしたら賞味期限が思ったよりもたなかった」「二本セットからしか買えなくて」などなど。彼がここに来るときの手土産という名の言い訳も、そろそろレパートリーが尽きる頃ではないだろうか。彼は本日仕事、もうすぐ退勤の時刻。助け舟一割、エゴ九割ほどの気持ちでスマホに指を滑らせる。「一緒に食事をしましょう」「家まで来てください」「用意はできているのでそのままで」今日は言い訳が不要になるところまでいきたいが、さて。
(題:何もいらない)
ただ、あの人が少し風邪を引いただけなのだ。あれこれと世話を焼いていたら、申し訳なさそうに弱った笑みを浮かべた。見たことのない顔だったが、ただそれだけだ。なのに何故か「この人は死ぬときもこんな感じなのだろうか」なんて思ってしまって駄目だった。きっと自分も弱っているのだろう。そのとき自分がいなくても、最後まで暖かい場所にいてほしい。そんなことを考えたら涙まで出てきて、情けなくも病人に慰められる始末となった。
(題:もしも未来を見れるなら)
目立つことを嫌い、いつなんときも影であろうとする。彼はそういう人だった。そんな人が自分に気を許し気ままに振る舞う。今もこの家で、ソファに行儀悪くごろ寝している。こうなるよう仕向けたのは間違いなく自分なのだが、思った以上に心にくるものがある。影というものはいつでも光を連れているのだと、この期に及んでよくよく思い知った。時々ひどく眩しくて目が開けられず、触れることさえ躊躇われるのだ。
(題:無色の世界)